光圀伝/冲方丁

20140201

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作家「冲方丁(うぶかたとう)」の作品です。
私がこの作家に出会ったのはずいぶん昔です。SFを好んで読んでいたときがあって、日本SF大賞を取った「マルドゥック・スクランブル」という作品に惚れ込んで、他の作品を探したが「微笑みのセフィロト」という本が手に入ったのみ。
これが2003年のことでした。
続く作品を待っていたが、いっこうに現れず、いつしか忘れていた名前だった。

それが時代小説「天地明察」でまた出会った時には、ほんとに驚きました。
本屋大賞をとった作品ですから、文句なしに面白かった。

『天地明察』の後半に春海と朝廷(当時暦は朝廷の認可が必要)をつなぐ大切な役どころで光圀が登場します。光圀は近衛家次女を正室に持ち、『大日本史』を編纂することで、水戸徳川家に尊皇の思想を植え付けた始祖です。

家康の孫・光圀は、本書で「大義のひと」として描かれます。
それは光圀の出自にかなりのページが割かれて、光圀の原点を克明に描くことで、その後名君となった努力家である光圀を描いていきます。
「なぜ俺なんだ?」
光圀は水戸藩徳川頼房の三男。優秀な兄・頼重がいた。だが父が後継ぎにしたのは光圀で、その「ねじれ」に光圀は苦しみます。
だから若い頃の光圀はハチャメチャの乱行もします。
一方では「詩作でなら天下を取ってもかまわないだろう」と励み、結果的には朝廷との強いパイプを得ることが出来ます。
苦悩の幼・青年期を経て、光圀がその「ねじれ」を正して「大義」を貫くために、兄・頼重の子を養子にして跡を継がせたのには、ほんとに私は驚きました。

この本でも、保科正之が登場します。
初対面で、「お互い、水となっていたはずの命だから」と保科正之が光圀に述懐したことで、光圀は保科正之に非常に親近感を覚えて、師と仰ぎ薫陶を受けます。
ちょっと横道に逸れますが、保科正之を師と仰ぎ名君となった人物に前田綱紀(綱利)が居ます。
保科正之の見事な政治を傍で見ていた前田利常は、前田藩を託すのは保科正之と狙いを定め、見事保科正之の娘を綱利の妻に迎えることを実現、家綱からの許しを得る。
保科正之の助言を、常に筆を携え、きちんと書き取る綱利でした。そればかりでなく、綱利は自分の質問に対する保科正之の助言に感じ入り、改めて師弟の契りを願い出たのであった。
綱利が自ら「綱紀」と改名したのは、師とあおいだ保科正之すでに亡く、身辺に不幸が続いたときであった。水戸徳川家の客分となっていた、朱子学や陽明学に通じた朱舜水に助言を仰ぎ、決めた。前田綱紀は、保科正之の薫陶よろしく学究の徒であった。
この本の中でも、朱舜水の光圀に対する指導の数々が語られています。

御三家の中でも水戸徳川家が最後まで重鎮であったこと。120万石という大藩を徳川幕府が崩壊するまで保ち得たということ。この二つの藩は、保科正之の薫陶を受けた名君がその基礎をしっかり作ったからだと、今更のように思います。

「大義」を貫くために生涯をかけてきた光圀なのですが、その光圀が作り出した「大義」は光圀の晩年になって、周囲の人たちによって膨張し、先鋭化し、当の光圀ですら「そこまでのことは、考えていなかった」ものになっていきます。
それで、子供の時から光圀に教育され、愛弟子として光圀を助け、いまでは次の藩主綱條に仕え大老となっている、膨張した「大義」の推進役藤井紋太夫を光圀自らの手で刺殺します。
この本の中で・・・・・・・

私は、これは作家のフィクションと思っていたのですが、本を読み終わって色々調べている中で、藤井紋太夫が実在の人物と知り、本当に吃驚しました。
なにしろ水戸徳川家の前藩主、名君水戸光圀が水戸藩大老を刺殺するのですから。
Wikipediaではこうなっています。
藤井 徳昭(ふじい のりあき、生年不詳 - 元禄7年11月23日(1695年1月8日)):
水戸藩家老。
旗本荒尾久成の四男で、水戸徳川家に仕える親戚の老女藤井の養子となる。兄に旗本荒尾久次、荒尾成継。伯父に鳥取藩家老の荒尾成利、荒尾嵩就、和田三正。通称の藤井紋太夫(ふじい もんだゆう)として知られる。
水戸徳川家に仕える老女藤井の養子となり、2代藩主徳川光圀に小姓として仕える。光圀に重用され、延宝6年(1678年)に小姓頭、天和元年(1681年)中老、貞享4年(1687年)大番頭と累進。光圀の隠居後も、3代藩主綱條に引き続き仕えて、元禄6年(1694年)には禄高800石の大老となる。元禄7年(1695年)11月23日、小石川水戸藩邸で行われた能会において、前藩主光圀に刺殺される。戒名は光含院孤峯心了居士。墓所は小石川傳通院。
光圀が刺殺した理由は、講談や小説、時代劇等では徳昭(紋太夫)が、光圀失脚を画策する柳沢吉保に内通したためなどとされることが多いが、真相は不明である。



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コメント

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四季歩さん、こんにちは

私の父が厚さ7cm位もある分厚い講談本を8冊位だったか持っていて、その中に水戸黄門がありました。読んだのは小学生の頃でしたが、結構、面白くて何回も読んだ記憶があります。と言う訳で、水戸黄門のイメージって、私にとってはその講談本で作られた訳です。

講談本は、他にも、荒木又右衛門、豊臣秀吉、左甚五郎等がありました。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
「水戸黄門」はテレビでも定番ですよね。
こういうヒーローが居ることを、期待していますよね。
この本に書かれている光圀も立派です。
やはり「大義」をもっているかどうか。
トップに立つ人間には求められますよね。
スポンサーの望む方向に政治を持っていく、
今の政治家に、爪の垢を飲ませたい。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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