飯能市・南高麗地区ウォーク(1)

20140326

昨日の3月25日(火)に、歴史クラブの行事で歩いてきました。
「南高麗地区」は名栗川の支流の成木川とその支流直竹川に沿った地域です。
上流の「上直竹下分」から下流の岩淵まで、流れに沿って山間の風景を楽しみながら、史跡を見ていきます。

飯能駅前、8:35発の「間野黒指」行きのバスに乗り、30分ほどで「下間野」に着きました。
ここから飯能に向かって下っていくことになります。

【石灰焼き場跡】
所在地:埼玉県飯能市大字上直竹下分、間野地内

上直竹下分は山あいの静かな集落です。
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道から外れ石灰焼き場跡に入っていきます。
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金網に囲まれていて、中には入れません。金網の外からの観察でした。
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説明板
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この山の中で焼かれた石灰が、江戸時代はるばる運ばれて江戸城の修復にあてられたのは、飯能から水運で江戸まで木材が運ばれていたからでもあったのでしょう。

この部分が後期の竪窯ですね。
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次の目的に向かいます。
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【観音寺】
所在地:埼玉県飯能市上直竹下分219

観音寺が見えました。
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入り口
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入り口のところに地蔵堂があります。
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堂々とした地蔵菩薩(嘉永3(1850))。
夜泣き失せもの祈願のご利益があるといいます。
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梅の木や桜の木に囲まれている。
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無住のお寺です。
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本尊がみえるかなと、覗き込みますが、本尊の手前のガラス戸に私たちの姿が映っているだけ(笑)
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六地蔵菩薩(享保4(1719))
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中央は、阿弥陀如来とおもわれる。
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六地蔵のうちで、一番きれいなお地蔵様
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六地蔵菩薩の前に、「八王子遺臣 師岡新右衛門 三百五十年記祭」と刻まれた碑があった。
先ほどの「石灰焼き場」に従事したのが八王子家臣、師岡・木崎の二氏とありましたが、その後裔の方なのでしょうか。
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お寺の前の梅畑が綺麗に咲いていた。
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次の目的に向かい歩いていくと、綺麗な枝垂れ梅が。
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【富士浅間神社】
所在地:埼玉県飯能市大字上直竹下分字滝ノ入300番地

社号標
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創建年月日不明だが、寛正4年(1463年)奉納の鰐口が存在し、それ以前の創建と推測される。

鳥居
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境内図
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この神社の裏山(境内地、飯能市上直竹下分301番地)にあるタブの木は、樹高約20m、目通り5.5m、根回り7m、枝張り東西約27m、南北25m、樹齢推定700年の巨樹で「滝ノ入 タブの木」として県指定天然記念物になっている。
ネットで調べたら、実に見ごたえのある立派な樹だ。
今回は見られなかったが、後日見たいものだ

大銀杏
残念なことに、途中から上が失われている。
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手水舎
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牙が鋭い狛犬
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社殿
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社殿内部
祭神:木花之佐久夜毘売
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額殿
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奉納額
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富士浅間神社「芙蓉の滝」
名水「芙蓉の滝」とのことで、昔は豪快な滝だったようですが、現在は水の量は減少している。上流部にある東京電力新飯能変電所建設の影響らしい。
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滝の脇に、倶利伽羅不動。
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「おしゃもじ様」
ここのも、たぶんそうだと思いますが、全国的にあるようで、子供が百日咳や風邪にかかると、ここへおまいりをして、帰りにおしゃもじを一本お借りします。そして咳がとまり、百日咳や風邪が治ると、お礼に赤飯を炊いてお供えし、お借りしたおしゃもじに、さらに新しいのを一本加えてお返しをするのだそうです。
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夫婦神社
陰陽石を祀っている。
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次に向かって歩いていると、道の分岐点の所に時計台が立っていました。
「御大典記念」とあります。
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【長光寺】
所在地:埼玉県飯能市下直竹1056

惣門
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惣門は現在しようされていなくて、脇を通るようになっています。
裏を見た時、紋が「丸に十字?」。なんだろうと思いました。
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惣門から三門まで、かなり距離があります。
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三門はかなり大きい。
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中雀門
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中雀門を入って左にお堂があり、その中に安置されている仏様が変わっていた。
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仙人らしき二人が蓮の花を支えて、その上に千手観音が載っている。
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本堂
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貞治5年(1366年)に通海という僧によって開創されたという。また中興開山である格翁方逸は弘治2年(1556年)に示寂している。
開基は岡部小右衛門忠正で、小瀬戸に住んでいたという。

長光寺の本堂は、桁行(けたゆき)11間、梁間(はりま)7間半、萱葺寄棟(かやぶきよせむね)の大建築で、内部は土間、広縁をとり、八室からなる平面構成で、二本の円柱を内陣に用いるほかは、すべて各柱とし、柱筋もよく通り乱れがない。土間には床下に長い階が残っている。
本堂は江戸時代初期の建物で、現存する曹洞宗の本堂としては、最も古い時期に属するものである。

梅の古木の下に、面白い石仏があった。
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開山堂
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立派な宝篋印塔が並んでいる。
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お寺の奥さんらしき人が犬を連れて出て来ました。
紋のことを訪ねると、「丸にハネ十字」で岡部氏の紋だそうです。
そして、その紋のいわれも話してくださいました。

開基の岡部小右衛門忠正の先祖に、中世武蔵武士の中でも名高い岡部忠澄(おかべ ただずみ)が居ます。
平家物語における、平忠度を討ち取ったエピソードで有名です。
保元の乱、平治の乱では源義朝の家人として、熊谷直実、斎藤実盛、猪俣範綱とともに従軍して活躍した。源義朝の死後は故郷の岡部に戻っていたが、治承4年(1180年)に義朝の遺児・源頼朝が挙兵すると、それに従うこととなった。木曾義仲追討戦の後、源義経の指揮下に入り、寿永3年(1184年)の一ノ谷の戦いでは平忠度と組み討ち、討たれそうになるも郎党が助太刀して忠度の右腕を斬りおとしたことで形成が逆転、観念した忠度は念仏を唱え、忠澄に斬られた。その後、忠澄は箙に結び付けられた文から自分が斬った男が忠度であることを悟り、惜しい人物を斬ってしまったと悔やんだという。

平忠度は薩摩守でした。
そして「薩摩」の紋は「丸に十字」。その首をはねたので、岡部の家紋を「丸にはね十字」にしたというのだ。

感心して聞いていた我々が「歴史クラブ」だと知ると、「中も見ていってください」と案内してくださいました。

まずは「雲版」です。
「雲版」とは、合図のために打ち鳴らされるもので、おもに禅宗用寺院で使われてます。長光寺の雲版には1313年060422-4(正和2年)の銘があり、現存する中世の雲版の中では、全国で3番目に古いものだそうです。国指定重要文化財です。
本物の雲版は、大変貴重な文化財なので、現在は埼玉県立博物館に寄託されていますが、レプリカがありました。
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ご本尊
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「東照神君 御条目」の板書
貞治5年(1366)に創建されたと伝えられているこの寺は、江戸幕府から寺領15石のご朱印状を受領した伝統があります。
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控えの間の板絵
泊まった絵師が描いていったものだそうです。
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立派な本堂内部
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昔は修行僧が沢山居たそうで、夫々の役目を書いた板
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「白大衆生死事大」を刻んだ綺麗な木版(もっぱん)が下がっていました。
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禅寺の鳴らし物の一つである木版(もっぱん)に書かれる言葉です。

白大衆    大衆(だいしゅ)にもうす
生死事大   生死(しょうじ)は事大なり
無常迅速   無常は迅速なり
各宜醒覚   おのおの宜しく醒覚すべし
慎勿放逸   慎んで放逸なることなかれ

意訳すれば次のような解釈です。
修行僧に申し上げる。
生死は仏教徒にとって一大事である。
時は無常に過ぎ去っていくから、
各人ともこのことに目覚め、
勝手気ままに時をむなしく過ごしてはならない。

この言葉が書かれた木版の音によって、雲水(修行僧)たちは洗面や就寝の時間を知ります。そこには、木版の音を聞くたびに、自らを戒めるというねらいがあります。


気さくに中を案内してくださった、お寺の奥様にはとても感謝しました。
おかげで、沢山の貴重なものを拝見させていただきました。


(続く)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

飯能ですか、最近は電車で通り過ぎばかりです。と言っても、飯能で行ったことがあるのは、武蔵野七福神巡りをした時、天覧山等に登った時、そして、飯能河原でのモデル撮影会の時くらいでしょうか。

さて、「観音寺」、「観音寺が見えました。」と書かれた下の写真が雰囲気があっていいですね。このお寺が最も綺麗に見える時ではないでしょうか。

長光寺では廊下の天井からつり下がっている大きな魚いいですね。

No title

飯能は、私も今までほとんど歩いたことの無い
地区でした。

寺でぶら下がってるのは魚板(ぎょばん )ですね。
禅宗で用いる鳴物の一種。食堂(じきどう)などに魚が泳いでいるようにつってあります。昼夜不眠とされた魚にたとえ,修行僧の怠惰をいましめるために作られたものだそうです。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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