安房神社(延喜式内社)/栃木県小山市

20140405

所在地:栃木県小山市粟宮16

色々な行事とか用事のため記事のアップが遅れて申し訳ないですが、
3月28日(金)の歴史クラブ行事「関八州式内社めぐり」で下野国の三回目、村檜神社、大神神社の次に訪れました。

バスの駐車の関係で、ここも一の鳥居はパスしています。
この参道のずっと先に一の鳥居があります。
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木製白木の二の鳥居(両部鳥居)
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式内社:下野國寒川郡 阿房神社で旧郷社です。
延喜式では「阿房神社」とあるが、現在は安房神社。

-由緒-
 当社は、創建は不詳であるが、伝承によると今から約2000年前の崇神天皇の御代に創建されたと言い伝えられています。
安房神社は延喜式内社として県内において古社です、西暦905~927年に醐醍天皇の命により選定された延喜式の中の神名帳に記載されており、昔は国司が祭礼にお供えものをして参拝したと伝えられています。
下野國の南の守り神であったとも伝えられ、また旧間々田、大谷、小山一帯の総氏神と称えられ崇敬をされたとも言い伝えられています。
安房とは安全な土地と言えます、この地域は幸いに災害の少ない土地で、作物等も毎年平均的に収穫されていたように考えられます。特に粟の産地であったようです。最近まで粟は主食でした。
従って安全の神、豊作の神、それに建築の神、方位災難除けの神として長く信仰されています。
それに願掛けの神社としても崇敬されています。

-願掛けの神社と言われる由-
天慶2年、藤原秀郷公が平将門との戦に勝つ為祈願をし、みごとに戦勝したことにより、お礼に種々の寄進をし感謝し、その後永世主護神とし、秀郷公の子孫である小山公も代々崇敬したことによる。

神橋があります。
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神橋を渡ると、右手に池に囲まれた水神社がある。
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手水舎
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大きな龍頭の注ぎ口
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階段上に三の鳥居
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三の鳥居をくぐると正面に拝殿。
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拝殿前に、二組の狛犬があります。

まず昭和12年奉納の炎尾型のもの
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続いて文政11年(1828)奉納の立て尾型のもの
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尾が結んだようになっている。
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拝殿、幣殿、本殿と並びます。
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拝殿
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「安房神社」と「粟神社」の社額があります。
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御祭神は、天太玉命(あめのふとだまのみこと)、莬道稚郎子命(うじのわきいらっこのみこと)。

莬道稚郎子命は、応神天皇と宮主宅媛との間に生まれた皇子で、仁徳天皇の異母兄にあたる。仁徳天皇と皇位を譲り合い、思い悩んだあげく決着を期すべく、自ら死を選んだ。

天太玉命は、忌部氏の祖。
天孫降臨のとき、瓊瓊杵尊に随伴した五柱の神の一柱である。
ここで注目しなければならないことは、これら五部神は、天照大神が天の岩戸に隠れたとき、天照大御神のお出ましを祈念して祭りを行った神々である、という点である。すなわち、祭祀における職掌のちがいはあるものの、本来、五部神の間には上下関係はなく、高天原以来の宮中祭祀は中臣・忌部・猿女氏が対等に奉仕してきた。
しかし、天児屋命の子孫の中臣氏が、大中臣氏としてマツリ(祭祀)を、藤原氏としてマツリゴト(政治)を掌中におさめるようになると、誇り高き忌部氏としては大きな差をつけられてしまった。
さらに固有の職掌にも就けない事態が増加した。平安時代前期には、名を「斎部」とあらためた。
斎部広成は「古事記」や「日本書紀」が中臣(藤原)氏に有利に編纂されていることへの憤懣の書として、大同二年(807)の「古語拾遺」を著した。しかしその後も状況は変わらず、中臣氏のみが栄えることとなった。

忌部氏の分布
本拠地;大和国高市郡金橋村忌部(現橿原市忌部町)  天太玉命神社(延書式内社)
各地に 出雲忌部、紀伊忌部、阿波忌部、讃岐忌部と分布している
天太玉命の孫・天富命は肥沃な土地を求めて天日鷲命の子孫らを率いて四国へ向かい棲みつき、穀(かじ)・麻の種を構えて木綿・麻布を織った。阿波国の忌部の祖となる。
阿波忌部の一部はさらに肥沃な土地を求めて、黒潮の流れに乗って北上し、房総半島へ上陸し、その周辺を安房郡と名付けた。その記念碑ともいうべき存在が千葉県館山市大神宮に鎮座する旧官幣大社「安房神社」、すなわち 延書式神名帳「安房国安房郡鎮座」の「安房坐神社」である。
阿波忌部が安房忌部となりさらに北上し、下総国結城郡の西側の下野国寒川郡まで到達していたのである。すなわち、阿波忌部は麻・穀を植える技術を持って、下野国まで到達していた。

神紋は「右二つ巴」
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これは小山氏の紋章だそうだ。
周囲の神社の神紋も、この紋が多いらしい。
現に、当社の前に訪れた大神神社も、この門だった。

境内の説明板にあった、小山政長が「粟宮に対する諸公事を免除する」という折紙。
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二代目古河公方足利政氏が粟宮神主に祈祷に対し賞すると書いた書状。
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拝殿向背破風の彫刻。日輪と、これは牡丹であろうか。
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向拝蟇股の童子の彫刻
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向背柱の獏と牡丹
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本殿は覆い屋に保護されている。
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覆い屋の板の隙間が粗いので、写真は撮りやすかった。

本段の前の狛犬がとても良い感じだった。
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各部の彫刻が素晴らしい。

本殿正面
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右側面の彫刻
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背面の彫刻
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左側面の彫刻
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境内社
左から、三峰神社、同じく三峰神社、こぶとり神社、山神社、道祖神社、船太郎神社、粟作翁神社
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合祀神社
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立派な神楽殿
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境内説明板にあった太々神楽の様子。
太々神楽の一つで伊勢誉田流を名乗り、幣舞に始まり山神の舞で終る12座から成り立っているそうです。
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境内説明板にあったアワガラ神輿の写真
屋根にアワガラを差し込み、四方の鳥居や高欄などに毎年新しいミズヒキを結び加えて独特の装飾を施した神輿を氏子地域に巡行する行事。
安房神社の祭神である天太玉命(あめのふとだまのみこと)を祖神とする一族が、粟を携えて全国にその勢力を拡大していったことを表わしたものと考えられています。
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(続く)


いままでの神社巡拝リストは下記をクリック
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/jinjyajyunpai.html


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

表題をよく読まずに本文を読んでいたので、「安房」と言うから、千葉県の神社の話だと思ったら、そうではなくて、栃木県の話なのですね。

狛犬はやはり、江戸時代のものの方が味がありますね。

「粟」の字、当初、「クリ」と読んでしまったので、あれ、クリって、山等で落ちているのを拾ったのではと思ったら、「アワ」だったのですね。

それにしても、乃木神社や神田明神もそうですが、人が神様として祭られている神社って多いですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
ほんとうに、狛犬は古いものほど、
のびやかで味があります。

古事記にしても、神話となっていますが、
多くは各氏族の先祖を集めたものですからね。

No title

四季歩さんへ 安房節です 忌部氏の安房神社同志 千葉県館山市から
メールしてます 8月10日に 神輿6基 寄り合い 例祭を行います 
小山の安房神社の境内摂社 道祖神社 船太郎社の祭神 教えてください
安房の安房神社の浜降祭には 以前 先導役の 船型山車 浪除丸が入祭
していました 舳先に殿様役の稚児が乗り 船内で歌方が 御船歌を演唱
します 

No title

四季歩さんへ awabusi です 先ほどのメールに URL が 落ちて
いました 失礼しました よろしくお願いします

awabusi様

コメントありがとうございます。
安房神社の浜降祭は、一度は見たいと思っています。
テレビの「日本の祭り」で見ましたが、とても良い祭りですね。
さて祭神の件ですが、
道祖神社の祭神は、くくれば「道祖神」ということになります。
道祖神は地方によって様々な形態と信仰をとっていますね。
村の守り神、子孫繁栄、近世では旅や交通安全の神。
村の外れにあれば「塞ノ神」。
八衢比古命・八衢比売命・久那斗命の三神だというところが多い。
双体道祖神の石碑なら、猿田彦命と天宇受売命とされています。
この場合だと、「出会いの神」、「子孫繁栄」の神となります。
この境内社の場合は何かというのは、団体で行動していて時間が無く、
確かめていません。
「船太郎社」の場合は。ネットで調べても、まったくわかりません。
あの地方の民話でもあれば、ネット検索で引っかかってくると思うのですが。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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