上野総社神社/前橋市元総社町

20140416

所在地:群馬県前橋市元総社町1-31-45

4月11日(金)に歴史クラブ行事で訪ねたうちの、上野国分寺跡からここを訪ねて、その後徳蔵寺を訪ねて終りでした。

社号標
上野國総社 旧県社
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当社は、人皇第十代崇神天皇の四十八年三月、皇子豊城入彦命が、東国平定のために上野国にお下りになられたとき、神代の時代に国土の平定に貢献された経津主命の御武勇を敬慕され、軍神として奉祀し、武運の長久を祈られ、また、親神である磐筒男命・磐筒女命を合祀されたのに、創ったと傅えられている。その後、人皇第二十七代安閑天皇の元年三月十五日、上毛野君小熊王は、御社殿を改築し、蒼海明神と称え、郷人の崇敬が篤かったと傅えられている。
人皇第四十五代聖武天皇の天平九年四月、国分寺建立の詔が出され、また、大化改新によって律令政治が行なわれ、国司が任命され、政庁としての国府がおかれたが、歴代の国司は当社を特に崇敬された。
国司は上野国内の神社に弊帛を捧げ、親しく巡拝されていたが、上野十四郡に鎮座する五百四十九社を勧請合祀し、当社を参拝することにより、上野国内各社を参拝したこととして、巡拝奉弊の労を省いた。
このため、社号を総社明神と称えるようになった。
このとき、国司より献納された「護国霊験総社明神」の額があり、勅額ともいわれている。
永禄九年十月、北条・武田両軍の戦禍により、社殿を始め攝社・末社・宝物等悉く灰燼に帰したが、辛うじて神明帳及び御神鏡は難を免れた。
その数年後、元亀年間(四百十五年前)に、西北一キロの宮之辺から現在地に再建された。
また、拝殿は氏子であった関谷出雲正平貞許、その子関谷出雲丞平貞義父子により、十数年の歳月をかけ、天保三年九月(百五十一年前)に造られたもので、旧拝殿はお籠屋として神楽殿の南側に現存している。
慶安二年八月二十四日、徳川三代将軍家光より、朱印地二十六石を寄進され、爾来歴代将軍もこれを踏襲された。
明治六年に県社に列し、更に二大区及び四大区の郷社を兼ね、六十九町村の総鎮守であった。

一の鳥居
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境内には欅の大木が多い。
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二の鳥居
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二の鳥居前の狛犬
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手水舎
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拝殿前の狛犬
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拝殿
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主祭神は磐筒男命、磐筒女命、経津主命、宇迦御魂命、須佐之男命。
配祀が上野國内五四九社の神

ご神体は上野国神名帳

向拝蟇股の彫刻に、龍の下に天の岩戸神話がある。
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社額
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正面の彫刻に波の彫刻が多い。
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拝殿側面にも波の彫刻が多い。
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海老虹梁の龍の彫刻がすごい。
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拝殿扉の「獅子の子落とし」の彫刻
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上は獅子だが、下は干支が四つ。
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干支を全部集めたかったが、扉が畳まれているのと、時間に迫られて果たせず。残念。

神門は「右三つ巴」
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本殿の様式は三間社流造で華麗な装飾。
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本殿階段の左右には「矢大臣」、「左大臣」の随身が。
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本殿側面の絵
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本殿背面の装飾
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本殿脇扉の背面彫刻、「因幡の白兎」。
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これはよく判らないが、「少名毘古那神」か「火遠理命」かな。
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立派な神楽殿。太々神楽が盛んらしい。
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何の倉かわからないが、校倉作り。
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御魂社
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御魂社の鳥居の横の椿がすごかった。こんな椿は初めて見た。
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ご神木の大ケヤキ
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本殿の裏側、西側鳥居横には境内社が沢山並んでいるが、説明が無いためどういう神なのかわからない。
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蠶影大神
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道祖神碑がたくさんあった。
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ケヤキの古木で根上りのものすごいのがあった。
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絵馬は、どこでも可愛くなってますね。
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(了)


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いままでの神社巡拝リストは下記をクリック
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/jinjyajyunpai.html


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

「総社」と言えば、岡山県の吉備路にある「総社」しか知らなかったのですが、なるほど、国中の神社を巡行するのが面倒だから合祀すると言うのであれば、方々にある訳ですね。


総社神社は拝殿の彫刻と本殿の色彩がいいですね。また、道祖神、やはり、いいですね。安曇野のように道ばた等に置いてくれていたら、もっと良いのですが。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
道祖神は、道の神様ですから、
絶対道にあったものです。
それが道路の整備とか、開発で、居る場所を
失って、お宮に持ち込まれたものだと思います。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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