谷中村跡/栃木県下都賀郡

20140420

前記事のように、歴史クラブでの行事「関八州式内社めぐり」の下野国三回目を3月28日(金)に行いました。
予定の神社全てが終り帰途についた時、幹事の方の提案で、ここに寄りました。

足尾鉱毒事件や、その悲劇を天皇直訴事件まで起こし対策に奔走した、偉人田中正造についてはある程度知っていました。

足尾鉱毒事件を第一の悲劇とするならば、時の行政から抹殺された谷中村は第二の悲劇と言えます。

谷中村悲劇については、Wikipediaの「谷中村」を読んでください。
下記クリック
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E4%B8%AD%E6%9D%91

現在の渡良瀬貯水池(谷中湖)
ハート形なのが、逆に悲しいですね。
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「現在地」とある場所にバスを停めて、まずは左に行き、湖岸に行ってみました。
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湖岸はよく整備されています。
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水際まで行ってみました。
そこから左を眺め、
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右を眺め。
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溜め池なので、やはり水はそんなにキレイじゃなかった。

いよいよ、駐車場の横まで戻って、谷中村跡のほうに入っていきました。
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「谷中村遺跡を守る会」の説明板は、まだ読めますがちょっと傷んできてました。
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谷中村役場跡の入り口には四阿が建っていました。
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木標からの眺め
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ケヤキがスックと立っている。
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こういう澱みには、今でも鉱毒があるのだろうか。
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大野豊蔵屋敷跡というところには、石祠があった。
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この地形は何の跡なんだろう。
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時間になって、バスに戻った。最後から二人目だった(笑)

そこから帰りながら、こういう悲劇から得られた、政治のありかたについての教訓を私たちは大事にしていかないといけないと思った。
そのために私たちは歴史を学ぶ。





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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

これと同じようなことが、すなわち、鉱毒や種々の公害物質を出して、土壌や水を汚染しているのが、現在の中国なのですね。100年前の教訓はやはり、その起こった国でしか、学習効果が無いのでしょうね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
中国はひどいようですね。
スモッグにしても、テレビで見ていると
相当ひどいようですね。

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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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