茅ヶ崎・杉山神社(延喜式内論社)/神奈川県横浜市都筑区

20140503

所在地:神奈川県横浜市都筑区茅ヶ崎町2094

5月1日、西八朔杉山神社にお参りして、中山駅前で昼食を食べた後、市営地下鉄グリーンラインで「センター南」駅まで移動しました。当社の最寄駅です。
今回の杉山神社4社巡りは、一昔前は交通の便が悪く大変だったようです。しかし今は「港北ニュータウン」の巨大開発が進んだおかげで、市営地下鉄も中山駅まで延びて、今回廻る杉山神社4社共にグリーンラインの駅からさほど遠くないという、ラッキーな状況になっていました。
茅ヶ崎・杉山神社と次に行く中川杉山神社はニュータウンの南と北に位置しています。

「センター南」駅を出ると、いかにも巨大ニュータウンらしい景観が待っていました。
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そこから5分くらい歩くと、都築中央公園の手前に当社がありました。
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社号標
村社・式内論社
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まず神橋があります。
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綺麗なせせらぎが流れている。
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一の鳥居
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鳥居の前には、こんな碑が。
「良き道辿れば 良き里あり 港北ニュータウン発祥の地」
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「神社合祀記念碑」
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その裏に由緒が書かれている。
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勅願所式内武蔵國都筑郡之一座當國三ノ宮枌山神社祭神由布津命 傅記云由布津命ハ天日鷲命之孫也 天武天皇白鳳三年九月堅田主命二十代ノ孫忌部勝麻呂依御霊而奏天朝武蔵國枌山乃國ニ立神籬右大神ヲ奉リ枌山社ト號シ奉ル 勝麻呂ノ弟義麻呂祭主トシテ奉仕 麻ノ貢ヲ奉リキ仁明天皇承和五年預宮幣ニ嘉祥九年五月授従五位下封田ヲ寄玉フ 遥後元暦二年正月廿一日依御願而従鎌倉殿御奉幣有之タリ鎮座記元一千二百十余年也
合資由来 明治四十三年十月八日 神奈川縣指令之第二九三四號ヲ以テ御認可 神奈川縣都筑郡中川村茅ケ崎字境田二〇九八番地村社枌山神社祭神五十猛命 被合併神社同東前八〇八番地無格社神明社祭神天照皇大命 同字八二五番地天王社祭神素盞鳴命 同字六二七番地稲荷社祭神稲倉魂命 右三社ハ村社枌山神社に合祀 空社地立木ハ村社基本財産ニ編入本社ノ経営成 大正九年十月指定村社ニ昇格 同年十月十三日中川村長供進使トシテ奉告祭ノ式ヲ挙ゲタリ碑ヲ建テ以後世ニ傅フ
大正九年十月十三日 氏子中  二子石工小俣刻

「天武天皇白鳳3年に安房神社神主の忌部勝麿呂が御神託によって、武蔵国の杉山の岡に高御座巣日太命(高御産日命)・天日和志命(天日鷲命)・由布津主命(阿八別彦命・天日鷲命の孫・忌部氏の祖)の三柱を祀った「杉山神社」とした」のが由来である。

武蔵風土記にはこの社を式内社としていて、これによると「忌部勝麻呂が天武天皇御宇の白鳳三年秋九月、神託によりて武蔵国杉山の地に太祖高御産巣日大神、天火和志命、由布津主命三柱の神を祀り杉山神社と號す・・」とあるそうである。

今回廻る杉山神社4社のうち、他の三社は祭神が「五十猛命」に対して、当社の祭神は異なります。
「五十猛命」については、次の中川杉山神社のところで説明しようと思いますが、紀州熊野から移って来た氏族が奉じる神です。
それに対して、当社は安房忌部氏が当地に移って来て奉じているわけで、同じ杉山神社と云っても、二つの氏族の系統があるということになります。

阿波忌部氏が房総に移ってきて安房忌部氏となり、そこから関東各所に進出する訳ですが、「忌部氏、阿波忌部氏⇒安房忌部氏」については栃木県の「安房神社」を訪ねた時の記事に書いてあるので、それを参照してください。
下記クリック
http://tamtom.blog44.fc2.com/blog-entry-1436.html

朝廷で忌部氏が司った神事の場での祭具の木綿(ユウ)というのがあります。これは布の幣(ぬさ)を指しますが、原料に麻も使われております。また神官が着る衣にも麻が使われるなど、麻布は祭事に欠かせないものでした。
それを作るのは、専ら忌部氏でした。かれらは麻作りのプロ集団であったわけです。
当時の鶴見川流域は、「麻作り」に適していたのではないか。谷本川支流には「麻生川」があって、「上麻生」「下麻生」という地名もあります。

長い石段の途中に二の鳥居がある。
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二の鳥居は、朱塗りの両部鳥居です。
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ようよう石段を上がると、左手に手水舎。
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境内
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拝殿
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社額
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祭神は、高御座巣日太命(高御産日命)・天日和志命(天日鷲命)・由布津主命(阿八別彦命)

天日鷲命は、天照大神が天岩戸に入られたとき、岩戸の前で神々の踊りが始まり、この神(天日鷲神)が弦楽器を奏でると、弦の先に鷲が止まった。多くの神々が、これは世の中を明るくする吉祥を表す鳥といって喜ばれ、この神の名として鷲の字を加えて、天日鷲命とされた、という神話となっています。
阿波国を開拓し、穀麻を植えて紡績の業を創始した阿波(あわ)の忌部氏(いんべし)の祖神です。

天太玉命の後裔である天富命が、天日鷲命の孫・由布津主命を率いて、阿波から当地(安房)開拓のため上陸したという。天富命に從って安房へ赴いた忌部を代表するものが由布津主(ユフツヌシ)命である。

神紋は「右三つ巴」
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社殿の左に、色々なものが集められている。
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「御神木舊地」とあり、枯れた根元が残っている。
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歌碑があり、浅学で読みきれないが、「安房の忌部」を詠み込んでいることはわかる。
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お稲荷さんの鳥居が、敷地のせいで斜めに立っているのが気の毒。
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参拝を終えて、引き揚げようとすると、石段が急なこと。手すりが無かったら降りられない。
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(続く)


いままでの神社巡拝リストは下記をクリック
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/jinjyajyunpai.html






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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

社伝には「杉山神社」ではなく「枌山神社」と書かれていますね。「枌」の字は初めて見ましたが、訓読みだと「まつ」とか「そぎ」とか読むようで、すぎやまじんじゃとは読めないような気がします。

また、石碑ですが、読むのが難しいですね。「安房の忌部が高きに」と「神代凌威」位しか読めませんでした。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
同じ式名社で、少し前に訪ねた蒲田の「薭田(ひえだ)神社」も
蒲田神社を届ける時、書いた人が勘違いして薭田神社と書いてしまった、
という笑えない話もありますからね、
古代の言葉が違っている場合もあります。
不可解な事、多いです。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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