中山道追分宿周辺

20140505

昨日、5月4日にカミさんと出かけ、私の両親の墓参りをした後、今回は追分宿周辺を探索しました。
私の両親の墓は、上信越高速道の佐久インターを降りて、7,8分ほどの所にあります。

インターを降りてから、高速に並行する道からの浅間山。まだ雪が残っている。
小、中学校に通う道が、朝は道の正面に浅間山が見える方向だったので毎朝眺めた山です。
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浅間はまだ雪が少し残っていた。
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お墓参りを済ませた後、追分に向かいますが、途中「御代田の一里塚」に寄りました。
前日下調べをしていたら、今まで知らなかったのですが、中山道の一里塚の上に見事な枝垂れ桜があることが分かったので。

【御代田一里塚】
私がネットで下調べの時に混同したのは、「御代田の一里塚」と「馬瀬口の一里塚」が登場したのだが、馬瀬口も御代田町の中なので、同じものを違う呼び方をしているのだと思ってしまい、馬瀬口の一里塚の地図を用意した。しかしたどり着いたら桜が無い!!
近くの家で聞いてみたら、桜の話をしたら教えてくれたが、かなり遠い場所を教わった。対の一里塚にしては遠すぎると狐につままれたような心地で向かった。
しかし、あった(嬉)
傍に立っていた説明を読んで納得。
中山道にあるのが「御代田の一里塚」、北国街道にあるのが「馬瀬口の一里塚」であった(笑)
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軽井沢銀座にある「神宮寺の枝垂れ桜」がちょうど今ごろなので、期待していたのだが、標高が低いせいか、ちょうど終わったところだった(泣)
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浅間が見える方向から。
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上のほうに少し花が残っていた。
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【追分の分け去れ】
今の国道18号線の、北国街道と中山道の分岐点にあるのが「追分の分去れ」です。江戸から来た場合、右は北国街道の更科や越後方面、左は中山道の京都、吉野など関西へむかう分岐点。その昔長旅の途中で親しくなった旅人同士が、別の行く先を前に別れを惜しみともに袂を分けて旅を続けたといわれるのがその名の由来です。

江戸方向から
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延宝七年(1679)の道しるべ
分去れの三角地の頂点に小さな道祖神。その奥にあります。
中山道、北国街道を指し示し、まだ初期に使われた海道の文字が刻まれています。正面には「東 二世安楽 追分町」、右側面は「従是北国海道」左側面は「従是中仙道」、そして裏面には「西于時延宝七己未年(1679)三月○日」と彫られ、ここにある石塔などでは最古のものと思われます。
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森羅亭万象の歌碑
「世の中は ありのままにぞ霰(あられ)ふるかしましとだに 心とめぬれば」
森羅亭万象は、江戸時代中期の博物学者・戯作者で有名な平賀源内の門人で狂歌師・桂木甫燦のことといわれています。
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常夜灯
中山道の常夜灯の中でも屈指のもので、寛政元年(1789)春に建立され、台石には「町内安全」「是より左伊勢」などと大きく彫られています。
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石地蔵坐像
マリア地蔵とも呼ばれる。
台石には、「さらしなは右 みよしのは左にて 月と花とを 追分の宿」
と刻まれている。 更科は月の名所、吉野は桜の名所。
台石には更に西面に妙義、江戸、日光など関東への道のり、南面には伊勢、京都その先に金毘羅への道程150里半が刻まれている。北面は善光寺、戸隠山、高田と北国街道沿いの土地、その先の金沢へと里程が記されている。
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勢至観音菩薩
北国街道に面してぽつんと立つ観音像は、郷土史家によると鳥羽天皇の天永年間(1110~12)に彫像された勢至観音菩薩で、これが確かなら追分の分去れの石仏中、最も古い時代のものとなります。
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馬頭観音立像
分去れの一番奥には、優美な姿でたつ観音立像があります。正面に「牛馬千匹飼」とあるように馬頭観音像で安永三年(1774)11月、役馬持連中が建立したものといわれています。背丈が高く、頭部顔面あたりが異国風です。
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【シャーロックホームズ野外彫刻/庚申塚公園】
分け去れの北国街道ちょっと奥に、シャーロックホームズの彫刻があるというので、行ってみました。

林の中に、それはありました。
傍の説明を読むと、ホームズ物語全60作品を翻訳家延原謙が、ここ追分で訳したのにちなみ建てられたということでした。
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傍に枝垂れ桜と辛夷が一緒に咲いていた。
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シャーロックホームズの彫刻がある庚申塚公園には、沢山の庚申塔などの石碑があった。
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詳しくの説明は、先が長いので省略。
ただ、一つ一つ見ていたときに、「二十三夜待ち講」碑の台石の穴から松が生えているのに気が付いた。
育ってくれれば嬉しい。
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【堀辰雄が愛した石仏/泉洞寺】
旧道沿いに泉洞寺があり、その裏手境内にある。

泉洞寺
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この石仏は堀辰雄の数多くの名作のひとつ「樹下」(「大和路・信濃路」)の文中にあって、素朴な姿に心を惹かれて、朝夕ここを散歩し、親しんだと言われており、いまでも村人に歯痛の神様として信仰されている。
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旧道に戻ります。
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【一茶の句碑/諏訪神社】
入り口
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境内
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小林一茶の句碑
「有明や 浅間の霧が 膳をはふ」
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【高札場】

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宿場町らしい雰囲気の建物
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【脇本陣・油屋旅館】
江戸時代、追分の宿(しゅく)は大名旅行の道筋として、最も繁栄をきわめた。本陣が一軒、脇本陣に油屋と甲州屋とがあり、その本陣や油屋の建坪は、二百三十九坪もあったという。旅籠(はたご)の数が七十一軒、茶屋が十八軒と伝えられている。

現在の「油屋」旅館は、火事で焼失した旧建物とは街道を挟んで向かい側に新たに建てられたもの。
旧建物の火事は、1937年(昭和12年)11月19日。
このとき立原道造が投宿していた。二階にいた立原は逃げ遅れ、間一髪からがらに脱出できたようです。
堀辰雄もこのとき油屋に滞在していたが、たまたま外出していて無事だった。しかし、宿に置いてあった「かげろふの日記」続篇を書くための資料やノートは全て焼失したそうです。
堀辰雄の小説には、油屋の女性をモデルにしているし、「菜穂子」に登場する青年、都筑明には立原道造のイメージが重なっている。

現在の「油屋」
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現在、中にはたくさんのShopが入っている。
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【本陣裏門】
現在、堀辰雄文学記念館の前に移設されている。

本陣の間取り図
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本陣裏門
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【堀辰雄文学記念館】
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明治37年東京に生まれ、昭和初期に活躍した作家 堀 辰雄は、大正12年19歳の時に軽井沢を訪れて以来、毎年のようにこの地を訪れるようになり、軽井沢を舞台とした数々の作品を残しました。昭和19年からは追分に定住し、この地に建てた家で昭和28年に49歳で亡くなりました。
この記念館は、軽井沢をこよなく愛した作家、堀 辰雄に関する資料を展示・保管する文学館です。

受付と閲覧室がある管理棟。
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閲覧室では、「風立ちぬ」の初版本や、作品に登場する「節子」のモデルとなった堀の婚約者・矢野綾子が描いた油絵など関連資料約60点を展示。
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堀辰雄は婚約者矢野綾子に付き添って富士見高原療養所へ向かいます。婚約後一年で矢野綾子は亡くなりますが、このときの体験を昇華させ、作品化しました。この企画展では、堀辰雄の代表作の一つ、「風立ちぬ」の世界を紹介しています。
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矢野綾子の写真
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矢野綾子の描いた油絵
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堀辰雄の原稿
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辰雄が晩年を過ごした住居
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手前の籐椅子は高峰三枝子さんから堀に贈られたものだそうです。
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ちょっと離れた所に立つと、浅間山が見えた。こんなにきれいに見える場所は意外と少ない。
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堀辰雄が亡くなってから多恵夫人の建てた家の展示室があり、堀辰雄の生涯と文学の背景を知ることができる。
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書庫
この完成を堀辰雄は楽しみにしていたのですが、それを見ることなく五十年に満たない生涯を終えてしまいました。
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庭にある文学碑
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春の大和に往って
馬酔木の花ざかり
を見ようとして途中
木曽路をまはって来
たら思いがけず雪が
ふってゐた
昭和十八年四月十三日
堀 辰雄

夫妻が大和路を旅する途中、木曽福島の「つたや旅館」に宿泊した際に宿の主人に請われて書いた、数少ない毛筆による文で、多恵夫人が選んだもの。

後ろの馬酔木がちょうど満開でした。
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【芭蕉句碑/浅間(あさま)神社】
普通、浅間神社と書くと「せんげんじんじゃ」ですが、これは富士山つながりとなります。
ここは「あさま神社」です(笑)
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「せんげん神社」の祭神は木花咲耶姫ですが、「あさま神社」の祭神は磐長姫です。浅間山が暴れては困るので磐のようにドッシリとしていて下さいというわけです。

入り口の神橋
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境内
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社殿
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内部
神紋は「立ち梶の葉」ですね。
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芭蕉句碑
「吹き飛ばす 石も浅間の 野分哉」
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追分節発祥地碑
「碓氷峠の権現様は わしが為には守り神 浅間山さんなぜ焼けしやんす 裾に三宿持ちながら」
碓氷峠の馬子唄であるが、説明を読むと諸国の追分節(越後三下り、本荘追分、江差三下りなど)の源泉だそうである。
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これで、追分の散歩は終り、スーパー「つるや軽井沢店」で買い物。
私は、ここで「イナゴの佃煮」とヨーグルトを買うのが楽しみ。ここのヨーグルトは本当においしい。
カミさんは、スパークリングワインをりんご(シードル)と葡萄(ナイヤガラ)一本ずつ買った。チーズ4種類、パンに塗って食べる「白ゴマバター」と「れもんバター」。桃のジュースと花梨のジャム。
ここでの買い物は、私でも楽しい(笑)

最後に、子供が小さい頃良く寄った、長倉のカフェレストラン「ラ・ヴィーン」に寄ってみた。
もう10年以上来てなかったと思うが、お店のご夫婦は覚えていてくれた(嬉)
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アーモンド・ラテ(左)があったので、それとレアチーズ(右)を頼んだ。
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今でも、窓の外に小鳥の餌台があって、小鳥が来ていた。
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ここに小鳥などの版画の絵葉書が置いてあって、子供たちは喜んでいた。
見ていたら、フクロウの小さな置物で気に入ったのがあったので、買ってきた。
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(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

追分って、多分、信濃追分のことなのだと思いますが、一度しか行ったこともありません。それも、大昔、まだ、JRが通っていた頃、「信濃追分駅→追分宿→血の池→石尊山」のコースを歩いた時に通っただけです。流れている沢の水が真っ赤だったことが強烈な思い出です。

堀辰雄も肺結核の小説家と言うイメージだけで、残念ながら作品は一度も読んだことがありませんし。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
私自身、軽井沢には毎年二、三回行ってるのに
盲点だったところです。
「分け去れ」も、いつも通っているのに、今回きちんと
見たら、良い石仏が沢山あったのでビックリしました。

「風立ちぬ」は、宮崎駿のアニメでかなり脚光を浴びましたね。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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