穴八幡宮/都電荒川線沿線を探る(1)

20140509

所在地: 東京都新宿区西早稲田2-1-11

昨日、5月8日に歴史クラブ行事「都電荒川線沿線を探る」に参加しました。高田馬場から早稲田まで一駅東西線で移動、都電に乗る前に、穴八幡宮にお参りしました。

一の鳥居は朱塗りの明神型台輪鳥居。
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鳥居のすぐ後に流鏑馬像があります。
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穴八幡宮は、八幡太郎義家が前九年後三年の役で活躍、凱旋の帰途にあった康平年間創建したと伝えられる。寛永13年に持弓頭松平五新左衛門直次の同心が的場を造営した際、傍にあった松に鳩が三羽づつ宿ったことから瑞祥の兆しだとして、寛永18年に石清水八幡宮を勧請、神社を造営しようと山麓を穿ったところ洞穴を発見、銅製の阿弥陀仏があったことから本地佛として祀ったといいます。同年徳川家光が生誕、德川秀忠が当社を訪れて以降崇敬篤く、3代将軍徳川家光は、この話を聞いて穴八幡宮を幕府の祈願所・城北の総鎮護とした。
歴代将軍がたびたび参拝し、8代将軍徳川吉宗は、1728年(享保13年)に世嗣の疱瘡平癒祈願のため流鏑馬を奉納した。流鏑馬はその後も世嗣誕生の際や厄除け祈願として奉納され、穴八幡宮に伝わる「流鏑馬絵巻」には1738年(元文3年)に奉納された竹千代(後の10代将軍徳川家治)誕生祝の流鏑馬が描かれている。
江戸の庶民からも信仰を集め、特に蟲封じの祈祷は有名だった。1879年(明治12年)には皇太子(後の大正天皇)の御蟲封祈祷も行っている。

そこから進むと、石の神明型二の鳥居
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その先の石段を上がると隨神門です。
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1998年(平成10年)に室町時代の様式で再建したそうです。
建築したのは、清水建設ですが、以前の随神門は、清水建設の前身である清水組の創業者、清水喜助が嘉永元年(1848)に穴八幡神社から依頼され建築したそうで、その出来栄えが江戸中の評判になったという話があるそうです。

扁額には光寮門と書かれている。
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矢大神
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左大神
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木鼻と間の獅子の彫刻が美しい。
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内側には、馬が。
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手水舎
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布袋像の水鉢
新宿区指定有形文化財(工芸品)。1649年(慶安2年)造立、区内最古の水鉢。江戸城吹上御苑に置かれていたが、徳川家光により奉納されたという。
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拝殿前の、平成4年建立の狛犬。
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拝殿
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向背下の彫刻が、神紋の菊と唐草模様、懸魚と優美だ。
神紋は「十六弁八重菊」と「右三つ巴」ですね。
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向背上部蟇股の鳩の彫刻
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向背下部蟇股の龍の彫刻
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社額
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拝殿内部
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御祭神は、応神天皇・仲哀天皇・神功皇后

拝殿の左右に建物が密接している。
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そのため、本殿はその隙間から鰹木が一本確認できるだけ(泣)
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境内に神武天皇遙拝所がある。
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神武天皇陵は奈良県の橿原神宮の北側にあります。その方向でしょう。

その前にあった、狛犬と獅子。何と宝暦5年(1755)建立のものです。今まで私が集めた中で4番目の古さ。
そして、神社検定テキストなどで説明されている基本形のものです。
神前から見て左に、阿形の獅子。丁寧に宝珠を載せています。(最近は玉を持っていることが多い。)
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神前から見て右に、吽形の角の生えた狛犬。
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神輿藏が並びます。
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境内の石垣がすごかった。江戸城から持ってきたのでは? という声も聞かれた。
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その後、穴八幡の別当寺だった「放生寺」に行きましたが、その後穴八幡の別の入り口の前を通った時に、掲示されたものに、参考になるものが多かった。
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穴八幡宮境内図
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八代将軍徳川吉宗が、1728年(享保13年)に世嗣の疱瘡平癒祈願のため流鏑馬を奉納した時の絵巻。
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現在は、毎年体育の日に都立戸山公園を会場として行われている。
小笠原流の本格的な流鏑馬である。
今年は、毛呂山の流鏑馬をクラブ・Oグループの行事としたので、ぜひ来年の行事にしたい。
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(続く)

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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

穴八幡宮、ずっと、その近くの水稲荷神社と混同していました。と言うことで、穴八幡宮の様子、初めて見させていただきました。ううん、大部分の建物が鉄筋コンクリートのようですね。

と言うことで、やはり、味のあるのは古い狛犬で、玉を頭の上に乗せているのは初めて見ました。また、角の生えているのもいいですね。今度、この近くを歩いた時、これらの狛犬の写真を撮ってこようと思います。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
狛犬は、古いほうが味があっていいですね。
だから、古いのに出会うと嬉しくてたまりません。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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