都電荒川線沿線を探る(2)

20140510

5月8日の歴史クラブ行事「都電荒川線沿線を探る」ですが、穴八幡宮にお参りした後、その別当寺だった放生寺に移動しました。

【放生寺】
名称:威盛院 光松山 放生寺
宗派:高野山真言宗
寺格:準別格本山
創建:寛永十八年(1641年)
放生寺は寛永十八年、威盛院権大僧都良昌上人が高田八幡(穴八幡)の造営に尽力し、その別当寺として開創されたお寺。

寺号標
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入り口
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本堂
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放生寺のご本尊は古くより融通虫封じ観世音として称され親しまれているが秘仏。
穴八幡宮と同じく、冬至より授与している「一陽来福」も「ゆうずうさん」と呼ばれ親しまれている。
虫封じは起源は定かではないが江戸時代より夜泣きや疳の虫の祈祷霊験あらたかな寺として多数の老若男女の参詣があり今日にいたっている。

創建当時は穴八幡の境内に放生池があったが、明治期の神仏分離により池は放生寺の管轄となり、その後1920年代に埋め立てられてしまった。現在は本堂脇の池が放生会に使われる。
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池の奥には馬頭観音が安置されている。
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水蓮が咲いていた。
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神変堂に神変大菩薩として役行者が祀られていた。
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舒明六年(634年)奈良県葛上郡茅原村(現在の御所市茅原)の高賀茂家に生まれ、幼少の頃より博学であり仏教特に密教を信仰した。大和の葛城山を中心に吉野の金峰山、富士山等合わせて九十余峰を開いて神仏調和に基づいた修行をし、法力霊験摩訶不思議なこと古今を絶すると称され修験道の開祖として仰がれている。
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地蔵菩薩
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弘法大師像の足元に、四国八十八ケ所聖地が設けられていた。
熱心な会員は、全部踏んで廻っていました。
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そこからちょっと歩いて、いよいよ都電荒川線です。

【早稲田⇒学習院下】

始発駅の「早稲田」
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まずはオレンジの車両。
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途中、信号停止。向かいからは緑の車両がやってきて、やはり停止。
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目白不動にお参りするため、「学習院下」で下車。
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【目白不動】

ここは、以前「関東三十六不動」をしたときにお参りしていて、既に記事を書いています。
その記事を読む


それで、今回は少し写真を撮るのをのんびりしました(笑)
それでも、ちょっと追加の写真を載せておきます。

本堂前で説明を聞く参加者
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今回はツツジが綺麗に咲いていた。
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境内に庚申塔が多いが、前回きちんと撮らなかったので、そこは今回撮りました。

寛文6年(1666)の倶利伽羅不動庚申塔
特に三猿の顔などがはっきり残っている見事なもの。かなり硬い石を使用しているのだろう。
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左が元禄5年(1692)、右が延宝5年(1677)年の庚申塔。
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寛文8年(1668)の庚申塔。
横に酉が刻まれている。
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これは三面に一猿ずつ刻まれている、延宝4年(1676)の庚申塔。
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万治2年(1659)の庚申塔。
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【学習院下⇒鬼子母神前】

再び「学習院下」の駅に戻ってきました。
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反対方向にピンクの電車が行きます。
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我々が乗るのは靑と黄色の電車
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「鬼子母神前」で降ります。
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【雑司が谷鬼子母神】

駅前から参道のケヤキ並木です。
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このケヤキ並木は都指定天然記念物。
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とても気持ちのいい通りです。
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巨木は4本だけになったそうですが、まだまだ頑張っています。
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鬼子母神堂の入口
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この写真は、今回でなくて以前訪れた時の写真。前に撮っているからと手を抜いた感じでしたが、結局視点が違ってきたので、以前のは数枚しか使ってません。

入口の仁王像。この二像は丈と幅が同寸で、珍しいらしい。もと、盛南山という寺の観音堂にあったものが寄進されたそうです。
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参道は真っ直ぐ。
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名物が「すすきで作ったミミズク」とかで、境内にミミズクが多い。
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鬼子母神堂
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当山におまつりする鬼子母神(きしもじん)のご尊像は室町時代の永禄4年(西暦1561年)1月16日、雑司の役にあった柳下若挟守の家臣、山村丹右衛門が清土(文京区目白台)の地の辺りより掘りだし、星の井(清土鬼子母神〈別称、お穴鬼子母神〉境内にある三角井戸)あたりでお像を清め、東陽坊(後、大行院と改称、その後法明寺に合併)という寺に納めたもの。
東陽坊の一僧侶が、その霊験顕著なことを知って、ひそかにご尊像を自身の故郷に持ち帰ったところ、意に反してたちまち病気になったので、その地の人々が大いに畏れ、再び東陽坊に戻したとされています。
その後、信仰はますます盛んとなり、安土桃山時代の天正6年(1578年)『稲荷の森』と呼ばれていた当地に、村の人々が堂宇を建て今日に至っています。
現在のお堂は、本殿が寛文4年(1664年)徳川4代将軍家綱の代に加賀藩主前田利常公の息女で、安芸藩主浅野家に嫁した自昌院殿英心日妙大姉の寄進により建立され、その後現在の規模に拡張されています。
昭和35年に東京都有形文化財の指定を受け、昭和51年から54年にかけ、江戸時代の姿に復する解体復元の大修理が行われました。
鬼子母神は安産・子育(こやす)の神様として広く信仰の対象となっていますが、もともとの来歴には深いいわれがあります。
当山の鬼子母神像は、鬼形ではなく、羽衣・櫻洛をつけ、吉祥果を持ち幼児を抱いた菩薩形の美しいお姿をしているので、とくに角(つの)のつかない鬼の字を用い 「雑司ケ谷鬼子母神」と尊称しております。
日蓮聖人は御書のなかで「十羅刹女と申すは10人の大鬼神女、四天下の一切の鬼神の母なり。また十羅刹女の母なり、鬼子母神これなり」と述べられ鬼子母神を重視されています。
もともと鬼子母神信仰は平安朝の昔から一般的な信仰としてありましたが、法華信仰に生きる者、日蓮宗に属する者にとって、鬼子母神はただ単に子供を守る神であるばかりでなく、信者・宗徒の外護神として崇められています。

江戸時代の神仏習合の名残か、お堂の前に狛犬が。
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向背下の牡丹の彫刻
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向背蟇股には花の彫刻、目貫に龍。
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木鼻の獏と獅子
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海老虹梁とその上の彫刻
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扁額
角の無い「鬼子母神」
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内陣
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正面破風下に、天邪鬼が梁を支えている彫刻があり、面白い。
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側面の破風下にも居た。
向かって左側。
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向かって右側。
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建物が、神社のように、後ろに本殿みたいな作りになっている。
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そこの彫刻も美しい。
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真後ろに「妙見堂」がある。「北辰妙見大菩薩」となっている。
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しかし鳥居があります。
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流れ造りの社殿です。神社ですね。
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正面
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神紋は「丸に星梅鉢」
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境内の鬼子母神像
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金剛不動尊を安置した法不動(のりふどう)堂
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大銀杏は、別名 「子授け銀杏」とも呼ばれているそうです。樹齢が約700年、東京都の指定天然記念物にもなっている。
幹のまわりは8メートルもあり、樹高は30メートルを超えています。
(写真は2011年6月15日のもの)
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境内にある創業1781年の駄菓子屋さん。
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(続く)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

あれ、水稲荷神社と甘泉園公園は行かれなかったのですね。確か、四季歩さんは前者には行かれたと思いますが、その時、後者には行かれなかったと思います。後者は斜面にある庭園で、特に、紅葉時が綺麗です。

今回は都電に乗ることが目的の1つだったみたいですが、私の場合は、少なくとも穴八幡宮から鬼子母神までは歩きだと思います。新宿御苑に行った時は、大抵、そのまま、鬼子母神の近くに行き、更に、大塚駅近くの道を通り、更に家まで歩きますので。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
水稲荷、甘泉園公園共に今回は素通りでした。
巣鴨の六地蔵は入れるという目標があったので、
その中で何を入れて何を省くかは、いつも頭を悩ませます。

matsumoさんは、毎日出て歩いて、その健脚ぶりには、
いつも敬服しています。

当クラブには、かなりの年配者も居られますし、
ちょっと不自由でも、楽しみに参加される方も居られます。
なので、かなり歩きは楽に設定しています。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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