宝登山神社/秩父三社を巡る

20140520

所在地:埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1828

5月14日(水)の、歴史クラブの定例見学会「秩父三社めぐり」で、秩父神社に続いて三社目の当社にお参りしました。

長瀞駅からの道と国道が交差するところに立っている巨大な一の鳥居は、バスで素通りし、参道の始まりにある社号標も素通りして、駐車場に。
バスから降りると、「相生の松」です。
これは昭和天皇のご成婚記念に植えられた、黒松・赤松。
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大灯篭、二の鳥居と続きます。
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大きな絵馬があった。
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二の鳥居
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宝登山には三つの伝説がある。
一つは日本武尊によるもの。
社伝によれば、景行天皇41年(111年)、天皇の皇子・日本武尊による東征の際、尊が遥拝しようと山頂に向っていると巨犬が出てきて道案内をした。その途中、東北方より猛火の燃えて来るのに遭い、尊の進むことも退くこともできない状態になってしまった。すると巨犬が猛然と火中に跳入り火を消し止め、尊は無事頂上へ登り遥拝することができた。尊は巨犬に大いに感謝したところ、忽然と姿を消した。このことから「火止山」の名が起き、のちに「宝登山」となったという。また巨犬は大山祇神の神犬であった事を知り、防火守護のため火産霊神を拝し、その後山麓に社殿を建て三神を鎮祭した。これが当社の起源であるとされる。

二つ目は、社殿のところで説明に出てくる「榮乗」が寶登山大権現の社殿再建のため全国を勧請に回った際の「勧化帳」に表されます。
寶登山大権現は神日本磐余彦尊にして 往古弘仁年中弘法大師旅行の砌 山頭金色に輝き麓より瑠璃泉湧出し 就中金胎両部の質備りしものと感詠あり 然る処不思議哉池中より宝珠光を放て嶺上に翻る。是摩尼玉なり 寔に神変の御告神祇勧請なすべき霊場なりとて 則開基あって宝の山に登るの名あり(以下略)
つまり「宝登山」の名になったのは、弘法大師の奇跡の伝説によるものでしょう。

三つめはダイダラボッチの伝説です。
昔ダイダラボッチという大男が、宝登山と箕山を天秤棒とモッコでかついできてこの地に据えたという言い伝えがあります。全国に多いダイダラボッチ伝説のあるところは産鉄伝承があるところと一致します。ご存知のように秩父は古代和銅が採れたことで有名です。
箕山(現在は美の山)の麓に「和同開珎」の記念碑あり。宝登山にも銅の採掘跡があります。
ダイダラボッチはタタラから来ていると云われ、ホドは火炉(=ホド=女陰)でタタラ炉や精錬炉を現していると言われます。

鳥居をくぐると、渋沢栄一の書で「宝登山は千古の霊場」の碑がある。
「長瀞は天下の勝地・宝登山は千古の霊場」と謳われている。
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手水舎手前の石垣がよかった。
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手水舎
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「洗心」の書がいい。
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手水鉢は、川口の鋳物だ。
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社殿まで石段を上がる。
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石他薦の上の左右には狛犬。
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神犬の狼は、奥宮にいます。

拝殿
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この社殿は、弘化4年(1847)に工事開始、明治7年(1874)に完成した権現造りです。別当寺・玉泉寺の46世住職榮乗が、武田軍によって焼かれ、そのまま廃れていた社殿を再興しようと全国を勧請して実現した。
まさに当時明治政府の神仏分離令に直面するが、全国に多く見られる別当寺の廃止という策をとらず、榮乗が宝登山神社の初代神主となり、全国的に珍しい神社が管理する寺として玉泉寺を残し、共存共栄の道を取った。

向背破風下の彫刻は二の白鷺と龍。
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向背には、なんと5頭もの龍が居ます。
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正面
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社額
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拝殿内部
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ご祭神は、神日本磐余彦尊(かんやまといわれひこのみこと=神武天皇)、大山祇神、火産霊神。

神紋は、珍しい「十弁の菊」と「五三の桐」。
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拝殿正面の彫刻が素晴らしい。
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拝殿向かって左側には、二十四孝のうち四話と趙雲子龍の彫刻がある。
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拝殿向かって右側には、関羽雲長と二十四孝のうち四話の彫刻がある。
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本殿
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本殿妻の懸魚には雲形の鰭が従い、花弁を思わせる意匠の六葉・樽の口から構成される。
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棟木と虹梁をつなぐ太瓶束が見られ、束を挟んで右に逆巻く水瀬を泳ぐ鯉の姿を、左には龍へと姿を変えて激流を泳ぐ「登龍」の様があらわされている。
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日本武尊がみそぎをしたという泉。
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境内社をお参りします。

大国天
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藤谷淵神社
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日本武尊社
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このお宮には第12代景行天皇の皇子の日本武尊がお祀りされています。 東国平定の折、この山の神秘な雰囲気と美しい姿に心ひかれた尊は、艱難辛苦の末山頂に立たれ、この地を神を祀るに相応しいところとされ、寶登山神社の礎とされました。 尊の恩徳を偲ぶ人々は、尊が登山の際、身をお浄めになった泉近くに、このお宮を奉斎しました。 日本武尊社のお祭りは八十八夜(5月2日)に行われ、尊の登頂の故事に倣い、神輿に奉遷された御神霊は奥宮に赴き祭典が斎行され、神楽が奉奏されます。 この祭りは別名「つつじ祭り」と呼ばれ、秩父地方の農耕始めの目安となっているほか、宝登山の山開きとなる当日の山頂は参拝者やハイカーで大いに賑わいます。
(案内板より)

天満天神社
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宝玉稲荷神社
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神楽殿
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今回は、一の鳥居、社号標は未確認、そして何といっても奥宮にはお参りしませんでした。
また玉泉寺にも、見どころが多いようなので、再来を期したい。

奥宮には、2017年2月28日に蝋梅と梅を観に行き、奥宮にも参拝しました。

その記事を見る


(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

宝登山神社は大昔、長瀞に撮影に行った際、ついでに寄った記憶がありますが、それ以上は全く思い出せない状態です。

それにしても、ここの色が塗られた彫刻、素晴らしいですね。また、色が塗られていない柱等は、おそらく、当初は朱色とか、ともかく、色が塗られていたような気がします。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
秩父三社ともに、彫刻がすごく
立派なのに驚きました。
やはり、秩父は豊かだったのだと思います。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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