坂戸から川島町を歩く(1)

20140524

昨日、23日(金)に、歴史クラブの企画で、表題のテーマで歩きました。
現在の坂戸市赤尾、島田、上吉田は中世初期には小代郷であったとされています。承元4年(1210)に書かれた『小代行平譲状』に小代氏の所領の範囲が記載されていて坂戸市の古道を研究する資料になっています。
この辺を越辺川に沿って歩き、天神橋から川島町に入ります。
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【島田橋】
所在地:埼玉県坂戸市島田 - 東松山市宮鼻間越辺川

東武東上線「北坂戸」駅から、「さかっちワゴン」というミニバスで「島田」バス停まで行きました。
この辺は交通の便から云うと大変な所ですね。
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近くに、道路に半分埋もれた、明和8年(1771)の道祖神文字碑があります。
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この辺には、まだこういう風習が守られています。田んぼに立てられたお札。
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真っ直ぐ越辺川に向かい、突き当たったところの土手下に、石仏群が。
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この中から古いほうから二つ挙げておきます。

天和三年(1683)のお地蔵様
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享保三年(1718)の庚申塔
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土手の上に出ると、「島田橋」が眼下に見えます。
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越辺川にかかる木製(ただし、桁は鋼材とのこと)の冠水橋。時代劇のロケに使用されます。島田には、川越・島田間を往復したテト馬車の停車場がありました。明治40年頃開通し、大正時代まで存続していたそうです。
この橋がある所は江戸時代当時は、川越・児玉往還と千人同心街道が合流、分岐する所にあった。川越・児玉往還では石井宿(現・坂戸市)と高坂宿(現・東松山市)、千人同心街道では坂戸宿と高坂宿の間にあたる所である。しかし明治時代初期頃まではこの場所に橋は架けられず、島田の渡しといわれた渡し船による連絡であった。
明治初期頃に木製の橋が架けられ[1]、越辺川両岸間の連絡が容易になったが、1920年にここより約600m上流に行った所に高坂橋(現在の国道407号の橋)が架かると、両岸間連絡の主流は高坂橋に取って代わった。この位置関係によって当橋は鋼製やコンクリート製に架け替える許可が下りずに木製のままとなっている。

橋の脇には、使用した映画やTVドラマの名が。
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この中で、すぐに頭に浮かんだのが「陽炎の辻2」です。
私の大好きな「居眠り磐音 江戸双紙」で、坂崎磐音の許嫁だった奈緒が、家の苦衷を救うため身売りし、吉原の白鶴太夫となり、そんな奈緒を陰から守っていた磐音。その白鶴太夫が山形の紅花問屋に身請けされ、二人で江戸を立つ。
早朝の千住大橋。
二人を待ち受けていた悪党一味が最後の襲撃をかける。それを磐音が倒してのけ、二人を見送る。
その舞台の橋が、実にここだったとは・・・・・・
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上を歩くと、とても気持ちがいい。
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冠水橋の所以の、流木などから橋を守る構造。
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越辺川
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次の目的地に出発。
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道路わきは、ちょうど田植えの真っ最中。
苗床
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田んぼに置かれた苗。
この固まりを、田植え機にセットします。
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【天神社、東蔵寺】
所在地:埼玉県坂戸市島田
臨済宗、建長寺派。かつては天神坊・天神別当と称しました。島田に天神社があった。永禄年間に京都北野天満宮から分祀され、鎮守として尊崇された。東蔵寺は天神社の別当寺。
左が天神社、右が東蔵寺。
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天神社の入り口には、木製の両部鳥居と石製の神明鳥居が接して立っている。
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社殿
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中に「天満宮」の社額が。
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神紋は「梅鉢」
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奥の本殿が、覆い屋の隙間からチラと見えるですが、よくわからず、正面から色々な方向からズームを効かせて、やっと撮りました。
本殿正面
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本殿前左右に随身が侍っていました。
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境内に富士塚らしきものあり。
埼玉県に577あると云われるうち、「坂戸市の浅間塚」がこれではないかと思われます。
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「富士山浅間大神」碑
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碑の周囲に、わずかながら溶岩がある。
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「小御嶽磐長姫大神」碑。磐長姫が刻まれているのが珍しい。
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食行身禄入定の烏帽子岩
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東蔵寺
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次の目的地に向かって歩いていくと、立派な火の見櫓が。
鐘は、ノスタルジーで残してあるのかな。
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これはキーウイではないかと思います。
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田んぼ道をのんびりと。
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ジャガイモの花が咲いていた。
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次の目的地の冠水橋が見えました。
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【赤尾落合橋・長楽落合橋】

これは、越辺川と都幾川合流点の直前のため、越辺川に赤尾落合橋、都幾川に長楽落合橋(ながらくおちあいばし)の冠水橋がかかっているとのことでした。
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ところが「通行止」になっています。
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とにかく橋のところまで行ってみました。
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越辺川にかかる橋はありましたが、老朽化しています。
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これは、帰ってきてから調べていて手に入れた写真です。中州から先の都幾川には橋は既にありません。
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【白山神社】
所在地:埼玉県坂戸市赤尾1668

朱塗りの両部鳥居
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拝殿
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社額はなんとか読める。
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本殿は覆い屋の中でまったく見えない。
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拝殿内部。本殿は下部が少し見えるだけ。
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祭神は菊理媛神。

神紋は、「右三つ巴」だが、通常の三つ巴と、流水三つ巴の両者が掲げられていた。
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もう一つ鳥居が立っていて、境内社の八坂神社がある。
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その右に愛宕神社もあった。
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八坂神社に板碑が立てかけられていた。
安永五年(1776)一月建立の石橋供養塔。正面中央に梵字を配した特異な板碑です。武州入間郡赤尾村中 願主 秀道とある。
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白山神社と八坂神社の間に、九頭竜大権現と一目連神社の碑がある。

嘉永6年(1853)建立の一目連(いちもくれん)神社。
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一目連は片目の龍。三重県桑名市の多度大社に別宮:一目連神社がある。祭神は天津彦根命の子神、天目一箇命(あめのまひとつのみこと)。この神は非常時に神が神意を発する際、龍に姿を変え、天高く駆け上がる、と説明がある。

私が読み進んでいる、谷川健一氏の「青銅の神の足跡」では天目一箇命は、製鉄・青銅に従事している人が信仰する神だと説明されている。
製鉄では、溶かした鉄の温度を、湯の色で判断するが、昔はそれを肉眼でやっていたために、目をやられて片目になる人が多かった。
そこから、この神が生まれたのではないかと。
近くには、金山彦神社があり、金山彦命は鍛冶、鋳鉄、金属技工の神です。近くにバス停「赤尾金山」があります。「坂戸風土記15号」添付の地図に、鍛治屋敷、カネ山、カネイ塚の地名がある。赤尾金山の南1kmの地名「別所」で金くそが出たとも。

狭山市の柏原が入間川から良質の砂鉄が採れたため、刀鍛冶・槍鍛冶で栄えたように、越辺川、都幾川から砂鉄が採れたと思われる。

嘉永6年(1853)建立の九頭龍大権現。
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そして更に、もう一つの九頭龍大権現が愛宕神社の右にありました。
水害が多発した土地柄なのか、二つもありましたね。
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(続く)

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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

なるほど、坂戸にはこのような所があるのですか! 坂戸と言えば、越生に行く時の乗換駅位の意識しかなかったので驚きました!

特に、冠水橋がいいですね。もし、都会にこのような橋があれば、母親達が子供が落ちたらどうするのかなんて騒ぎそうな橋ですね。そう言えば、先日、京都に行った時、鴨川の何カ所かで、大きな石伝いに向こう岸に行ける橋?があったのには驚きました。あれなんか、子供達は一生懸命に石から石に飛び移っていましたし。

また、田圃の神様?を祭る様子にも驚きました。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
入間川の私の家の近くにも、7年くらい前までは冠水橋が
あって、子供が小さい頃は一緒に釣りに行きましたね。
ああいう橋を渡ると、なんだかとてものんびり出来たような気がします。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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