祝(ほうり)神社(延喜式内社)/長野県長野市松代

20140603

所在地:長野県長野市松代町松代566

歴史クラブの企画で「信州の古代・戦国・江戸・明治・戦後を歩く」という、一泊二日の旅行の二日目、松代の町の散策で、真田家歴代の霊屋がある長国寺に続き、当社に参拝しました。

鳥居の前の神橋
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鳥居
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由緒書き
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式内社です。
信濃國埴科郡 祝神社 旧郷社

祝神社の読みに関しては、『平成祭データ』には「ほおり」とあるが、『明治神社志料』には「はふり」とあり、『神社覈録』には「波布利と訓べし」とあるそうだ。
現在は、境内の由緒書きにあるように「ほうり」となっているらしい。

創祀年代は不詳。
口碑に、上古英多真人の祖が、英多郷開拓の時に勧請したという。
往古は、本宮が東2Kmほどの東条山(奇妙山か?)山上にあり当社は里宮であったが、後に合祀されたという。
山上の旧跡は「祝畑」といい、天明八年には太刀や土器が出土したらしい。
配祀の諏訪二神は、海津城二の丸の付近にあったが天文二十二年、武田氏が松代城を築造した時にそのまま城内の鎮守として祀ったもの。
江戸時代になって、慶長十三年、当社に合祀された。
その後、諏訪大明神と称されていたが、宝暦元年(1751)に祝神社と改称した。
式内社・祝神社に比定される古社だが、『埴科郡志』によれば、屋代の須々岐水神社が本来の式内社・祝神社であったようだが、中世には国照神社と称し、また、日吉神を合祀したため、「山王さん」とも呼ばれるようになり、祝神社の名を、松代の諏訪神社(当社)に許可したとある。
明治六年村社に列し、明治十五年郷社に昇格した。

手水舎
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狛犬
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入母屋造瓦葺の拝殿
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他に紋が見当たらないので、「六連銭」が神紋だろう。
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昼寝しているような龍(笑)
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社額
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入り口の由緒書きでは、御祭神は生魂命。配祀が健御名方富命と八坂斗賣命、ということだったが・・・・・・
拝殿の前の札には、生魂命の名が無い??
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生魂命とは、天活玉命 (あめのいくたまのみこと)のことですが、邇芸速日命(にぎはやひのみこと)に従って天降った三十二人の防衛の一人です。
高天原の神・天照大神は「豊葦原瑞穂国は自分の子・天忍穂耳尊が支配すべき国である」と考え、我が子天忍穂耳尊を地上世界に送り込もうとしていました。その準備をすすめる間に、天忍穂耳尊とその妃・豊秋津師姫栲幡干々姫命には子が誕生しました。「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊」です。
天忍穂耳尊の意見により饒速日尊は父に代わり、天降ることになりました。弟・瓊々杵の天孫降臨に先駆けてのことです。
新田部直等の祖としか記述が無く、古事記などには他の場所でまったく登場しないので、どういう神かは不明。
たまたま、富山県での私の家の近くにあるのが、越中国一之宮の高瀬神社で、その祭神です。
高瀬神社の説明では、無病息災の神であるとなっておりました。

拝殿は、ずいぶん奥行きが有って、そこからちょっと離れて流れ造りの本殿があります。
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これから境内社。

猿田彦社
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手前の左右に石の祠が二つあり、中央奥に石碑があります。
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石碑には、何か刻んであるが、拡大しても何か判然としない。
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社殿の右手の池にある「宗方社」
祭神は宗方三女神。
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西宮神社、恵比寿社
祭神は、事代主命、大国主命
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社殿の中では「えびす神、だいこく神」と書かれている。
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八幡社、天神社
祭神は応神天皇、神功皇后、菅原道真
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(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

そう言えば、四季歩さんは携帯電話かスマートフォン、お持ちではなかったのですか。私でしたら、電池切れでどうしようもなくなったら、とりあえあず、携帯かスマートフォンのデジカメ機能で撮影しますが。

さて、「西宮神社、恵比寿社」の写真を見ると、前:恵比寿・大黒、その後:恵比寿、更にその後:恵比寿・毘沙門?・恵比寿・大黒・? と並んでいるように見えます。宗方社は弁財天に擬せられることがありますので、これで、寿老人と福禄寿があれば、1ヶ所七福神になるのですが。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
私のスマートフォンは可哀想なのです(笑)
その時も、バスの中のカバンの中でしたね。
私は本当に、携帯、スマホがまったく身についていまん(汗)

さすが、matsumoさん(笑)
七福神ですか。
そういう目で、全然見ていませんでした。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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