谷根千散歩

20140606

6月4日(水)に、歴史クラブの企画で谷根千を散歩しました。幹事ということで、4/2に下見も行っています。当日案内もしていて、写真を撮れない状況もあったので、この記事には4/2の下見の際の写真も使用しています。

コースは、下記の靑線で、日暮里駅からスタートして、日暮里駅に戻るルートを設定しました。
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まずは、駅から坂を上がって、天王寺です。ここには大仏があります。

【天王寺】
日蓮が鎌倉と安房を往復する際に関小次郎長耀の屋敷に宿泊した事に由来する。関小次郎長耀が日蓮に帰依して草庵を結んだ。日蓮の弟子・日源が法華曼荼羅を勧請して開山した。1641年(寛永18年)徳川家光・英勝院・春日局の外護を受け、29690坪の土地を拝領し、将軍家の祈祷所となる。1648年(慶安1年)日蓮宗9世・日長による『長耀山感応寺尊重院縁起』が唯一の資料である。法華寺から転住した日耀が中興するまでの歴史は不明である。
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「丈六仏」と呼ばれるそうですが、これはお釈迦様の身長が1丈6尺(およそ4メートル85センチ)であることから、その高さに作った仏像を言います。本来、坐像であれば8尺になりますが、この大仏は1丈6尺サイズそのままなのです。
今から300年以上前の江戸時代、元禄3年(1690)生まれ。天王寺の前身、感応寺の住職・日遼が鋳造したものです。
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泰山木(タイサンボク)越しに。
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大きな花が咲いていてびっくりしました。モクレンなどと同じ、属名で「マグノリア」と呼ばれるそうです。
香りも良いので,ゲランや,クロエの香水にも使用されているものがあるようです。
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桜並木通りは、とても気持ちのいい通り。
下見の時は満開でした。
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下見に来て、鬱金桜(うこんざくら)の事を知り、また訪れたときに天王寺のことも記事にしています。下記クリックして読んでください。
http://tamtom.blog44.fc2.com/blog-entry-1442.html

【谷中墓地】
まず、天王寺五重塔跡
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1957年(昭和32年)谷中五重塔放火心中事件により、五重塔を焼失する。
2度焼け落ちた五重塔です。
最初に五重塔が完成したのは、正保元年(1644)。しかし当時の江戸のまちのほとんどを焼き尽くした、明和9年(1771)の目黒行人坂の火事で焼失してしまいました。しかし、やはり人々にとって、大事なものだったので、寛政3年(1791)には再建されています。総ケヤキ造りで高さ34.18メートル。これが、露伴の小説のモデルにもなった、関東でも一番の高さを誇った五重塔です。
この東京一とも言われた五重塔は、関東大震災も、第二次大戦もくぐり抜けましたが、昭和32年7月9日、心中の末の放火により、またもや火に包まれてしまいました。そしてそれ以来、再建されていません。

当時の写真が貼ってありました。燃えている最中の写真もあり、吃驚した。
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珍しい、墓地の中にある、民家のような交番。
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高橋お伝の墓
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左が横山大観の墓、右が鳩山一郎の墓。
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横山大観の墓
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徳川慶喜の墓
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左が慶喜、右が夫人の墓。
慶喜は華族の最高位である「公爵」を与えてくれた明治天皇に感謝の意を表すため自分の葬儀を仏式でなく神式で行うよう遺言を残したため、慶喜の墓は徳川家菩提寺である増上寺でも寛永寺でもなく、谷中霊園に皇族のそれと同じような円墳が建てられた。京都で歴代天皇陵が質素であることを見て感動したためである」
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渋沢栄一の墓を探して、迷ってしまいました。そのはずです、工事中でした。
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こんな巨大な樹を、場所をずらすためにこんな工事をしていた。弱らなければ良いのだが。
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【下町風俗資料館】
江戸時代から谷中6丁目で酒屋を営んでいた「吉田屋」の建物を移築し台東区が管理する資料館。明治に建てられた建物は江戸中期から明治時代の商家建築の特徴を残す貴重なもの。
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屋内には酒屋時代の内装や看板灯も展示。
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かまぼこ板絵が展示されていた。すばらしい。
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【大雄寺】
勝海舟、山岡鉄舟と共に幕末の三舟と謳われた高橋泥舟の墓があります。
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【谷中のヒマラヤ杉】
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みかどパン店前のヒマラヤ杉はここ一帯のランドマークにもなる巨木。同店初代店主が戦前から鉢植えで育てたのが、こんなに大きくなった根性のヒマラヤ杉。

みかどパン店も健在
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【大名時計博物館】
「大名時計」は美術工芸品として作られた日本独特の時計。陶芸家の故上口愚朗が生涯にわたり収集した江戸時代の貴重な文化遺産を長く保存するために昭和26年勝山藩の下屋敷跡に設立した。
時間の関係で、中に入ってみませんでした。
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根津神社の前で一旦解散し、事前に調査しておいた「グルメマップ」で好きな店で食べてもらい、集合時間までに根津神社も見てもらいました。
私は、先輩と釜めしを食べました。
五目釜めしを食べ終わってから、「鮎の釜めし」のビラが貼ってあるのに気が付いた(泣)

【根津神社(根津権現)】
ここについては、既に記事にしているので、そちらを参照してください。
http://tamtom.blog44.fc2.com/blog-entry-1198.html


集合時間に全員集まったところで、記念写真を撮り、乙女稲荷の鳥居をくぐって進みました。
乙女稲荷神社(根津神社内)
御祭神は倉稲魂命。社殿両側には奉納された鳥居が立ち並び壮観です。
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境内から「根津裏門坂」に出る直前、庚申塔を六つも集めてあった。
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庚申塔と云えば、普通下部には三猿だが、これは珍しい。
旗のようなものを持った猿と酉である。
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【夏目漱石旧居跡】
英国から帰り、ここに居を構えた。ここで書いた「我が輩は猫である」、「倫敦塔」などを発表してたちまち人気作家となった。家は現在明治村にある。
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我が輩は猫である。
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【森鴎外記念館(観潮楼跡)】

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【指人形笑吉】
よみせ通りよりちょっと入ったところにあります。ショウウインドウには沢山の指人形がある。オーダーで似顔絵の笑吉人形を造ってくれる。
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一人500円で、笑吉人形劇場を楽しみました。トータル30分の中にたくさんのショートコントストーリーで色々な人形が出てきて笑わせてくれました。
人形も、ストーリーも、動きも絶品でした。

【谷中小前の時計】
さんさき坂にある谷中小学校前には、ちょっとレトロな時計塔があります。
下見の時の写真です。
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【全生庵】
全生庵は山岡鉄舟居士が徳川幕末・明治維新の際、国事に殉じた人々の菩提を弔うために明治十六年に建立した。尚、居士との因縁で落語家の初代三遊亭円朝の墓所があり円朝遣愛の幽霊画五十幅 明治大正名筆の観音画百幅が所蔵されている。
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墓地に入っていくと、すごい観音様に出くわした。
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山岡鉄舟の墓
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初代三遊亭円朝の墓
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【岡倉天心記念公園】
近代日本美術の先覚者・岡倉天心が暮らした場所を記念公園にしたもの。
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園内の六角堂には平櫛田中作の天心坐像が安置されています。
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【谷中ぎんざ商店街】
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台東区の西北端に位置し、台東区谷中3丁目と荒川区西日暮里3丁目にまたがる商店街は下町の台所の役目もする。

この日はほどほどの混み具合いでした。
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洒落たお店を探してみた。
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猫が色々なところに出没
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「猫のしっぽ」というドーナツ屋さん。
面白いと思い、買って帰ったらカミさんにもウケましたね(笑)
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【夕やけだんだん】
日暮里駅方面から谷中銀座に下る坂で。高低差は4メートル、段数は36段。階段上から谷中銀座を見下ろす風景は夕焼けの絶景スポットにもなっている。
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【朝倉彫塑館】
彫塑家朝倉文夫(1883~1964) が住居兼アトリエとして自ら設計・監督をし8回におよぶ増改築の後、昭和3年から7年の歳月をかけて現在の形となる。
娘さんの舞台美術家朝倉摂も有名ですね。
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屋根上から青年が見下ろしていた(笑)
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【幸田露伴旧居跡】
ここから日々五重塔を眺め、名作「五重塔」を発表した。
この珊瑚樹は、露伴が済んでいたときからあった。
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ちょうど花が咲いていて、樹の名前に納得した。
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これで、予定コースは終了。
日暮里駅に向かって歩いていると、こんな掲示がありました。
空襲の最中、100人がバケツリレーで谷中の緑を守った。すごいですね。
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個人宅の玄関のすぐ横なんですが、手押しポンプを、ちゃんと保存してくださってます。
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(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

よみせ通り商店街ですが、週に1回は通っています。この通り、南方向に進むと、上野動物園の直前でT字路となって終わります。北に進むと、染井霊園に達しますが、この通りは昭和の初期の頃までは、染井霊園の湧き水から始める「谷田川」と言う川が流れており、それが埋め立てられて作られたものだそうです。

谷中墓地の駐在所ですが、私は駐在所って都内23区以外の田舎にあるものだと思っていたので、初めて谷中墓地を通った時、驚きました。しかしながら、その後、江戸川区だったかを歩いている時にも駐在所を見つけたので、23区内にも幾つか、あるのだと思います。ただし、台東区ではあの谷中墓地のだけだと思います。

昼食は根津神社付近の店ですか。私はカレー好きの四季歩さんのことですので、てっきり、朝倉彫塑館前の薬膳カレーの店かと思っていました(笑)。

岡倉天心記念公園内の六角堂は、「谷中」地区の地域祭り「谷中まつり」(10/11・10/12頃)で、開扉しますので、中の金色の像を何回か見たことがあります。

夕焼けだんだんは10年位前は「ダイヤモンド富士」等が見える人気の場所だったのですが、正面に大きなマンションが出来て、ダメになってしまいました。その側にあった「富士見坂」も2年位前にやはり、マンションができてダメになりましたし。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
さすが、matsumoさんは毎日歩き回っているので、
詳しいですね。

朝倉彫塑館前の薬膳カレーの店は、しっかり記憶しております(笑)

富士が見えなくなったのは残念ですが、
ロケーションがいいですよね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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