主石(ぬしいし)神社(延喜式内社)/茨城県鉾田市

20140701

所在地:茨城県鉾田市大和田字明神山1028-1

6月27日(金)の歴史クラブ「関八州式内社めぐり」の続きです。
大洗磯前神社から南下して、百里基地・茨城空港の近くの当社にお参りしました。
道路からちょっと石段を上がったところに鳥居。
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社号標は藪の中で、まったく読めない。
式内社 常陸國茨城郡 主石神社 旧村社
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社伝によれば、欽明天皇の御宇。村人が、一つの成長する石を発見し祀ったのが当社のはじめ。
『略縁誌』によると、その石は四~五尺余りの大きさとなり、光をはなっていたという。そこへ、老翁が出現し、「吾は大山祇神」と名乗って消失した。村人は、この石を神と崇め、石上に祠を建てて祀ったという。
貞観や嘉祥に、神階を授与されたという伝承もあるが、これに関しては、別の見解もある。
三代実録には「鴨大神御子神主玉神」へ従五位上が授けられたと記され、これを、鴨大神御子神と主玉神に2神への授与とし、主玉神=主石神(当社)と見るか、鴨大神御子神主玉神を、岩瀬の鴨大神御子神主玉神社一社と見るかの違い。

境内案内より:
社伝
「上古里人一拳石を土中より拾う。その石、成長して止まず。神の宿り給う ものと畏み、これを浄地に置く。祈るに験あり。石の上に社を建て主石大明 神と崇める。その石、今も成長し、社の縁板を折掲し板を削り対処した。」
明治六年四月 村社
大正六年 供進指定
昭和二十七年七月十八日 宗教法人成立
「主石神社由来記」に愛媛県大三島町旧国幣大社(現別表神社)大山祇神社 の末社とある。
主石神社は古くより存在しており、その後、御祭神、神石から大山祇神社 との関連が生じたものと考えられる。
 当社の本殿は天正年間(一五七三~一五九一)の建築との伝えがあるが記 録はない。しかし、その時代の様相を各所に示し、全体に簡素であることも その特徴である。化粧垂木は「反り増し」の技法で先端部を反らせ断面を大きくしている。横羽目板に縦挽き鋸の跡があり、柱の溝に入れる部を丸刃手斧で削るなど 工具の歴史、伝播の状況を知る上で大切である。向拝柱の大面取りや、丸柱 に製作の過程を残し、正面上部の彫り物も広く、浅く時代相を見せ、三間柱流れ造りに珍しく店棚造りにするなど建築史の上からも貴重な存在である。
昭和六十二年四月一日建築物として町指定文化財となる。

鳥居の左手に、石仏が数点あった。
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二体のはっきりした石仏があったが、子供を抱いている。慈母観音だろう。
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こちらは大正7年建立のもの。
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参道には、左右に石灯篭、狛犬と続く。
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拝殿の前の狛犬。台石に「皇紀2600年記念 昭和15年」とあるが、明らかにその台石のほうが新しい。狛犬はもっと古いものだと思う。
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感じとしては、明治の頃の作風だと思う。いい出来だと思う。
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入母屋造り平入の拝殿。
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内部には、ほとんど何もなし。
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ご祭神は大山祇命

拝殿の後ろに、先に記したように伝天正年間建立の本殿がある。
三間柱流れ造り(店棚造り)
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写真を拡大すると、
先端部を反らせ断面を大きくしている「反り増し」の技法の化粧垂木、製作の過程を残した向拝柱の大面取り、丸柱は確認できた。
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瑞垣の隙間が小さいので、これがやっと。
境内の案内板には、成長する神石の上に社殿を立てたとあり、その石は今でも成長し続けているとあった。残念ながら、垣に囲まれた本殿の下を見ることは出来なかった。
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反対側に斜面があったので、そこに上がって撮ってみた。
瑞垣が近いので、見えるのはこれが精一杯。
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本殿の裏にご神木があった。
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根元に沢山の大黒様と恵比須様が奉納されていた。
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境内に、こんなキノコがあり、私は毒キノコだと思ったが、同行したメンバーの一人が「タマゴダケ」といい、食べられると云ったのでビックリ。
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帰ってから調べてみると、子実体は、初めは厚くて白色を呈する外被膜に完全に包み込まれ、白い楕円体状をなすが、後に頂部が裂開し、かさおよび柄が伸び始め、外被膜は深いコップ状のつぼとして柄の基部に残るということだった。
私たちが見たのは、「頂部が裂開し、かさおよび柄が伸び始め」の状態。
食べられるといっても、手は出ないよな、と思っていたが笠が開いた状態だと毒キノコの感じは無い。
Wikipediaにあった写真
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(続く)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

成長する石と言えば、普通は「さざれ石」のことを指していると思うのですが、違うようですね。

きのこですが、キノコ狩りで慣れている人でも、時々、間違えるようですので、私には怖くてキノコ狩りはできません。勿論、山菜や木や草の実もそうですが。山に行っても、水場の水も飲みませんし。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
キノコは、子供の頃家のおばあさんや、近所のお年寄りにもらった
キノコが美味しくて、今でもそういう山のキノコを
売っていると買いますね。
キノコの食べられる、食べられないは難しいです。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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