阿彌神社(延喜式内社)/茨城県稲敷郡阿見町

20140706

所在地:茨城県稲敷郡阿見町竹来1366

6月27日(金)の歴史クラブ「関八州式内社めぐり」で、縦縫神社の次に訪れたこの日最後のお宮です。

社号標
式内社:常陸國信太郡 阿彌神社、旧県社
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竹来(高来、たかく)は、常陸国風土記の普都神話に由来する地名で、普都大神の登天(高往く)の聖地である。社地は霞ヶ浦に向いた舌状台地にあり、奥部は中世の竹来館(花ノ井館)の遺構である。この山を普都神話になぞらえて「楯縫山」という。
近世まで信太郡の西半45ヶ村の総社として、信太郡二宮(二宮明神)を称した。明治初頭の県社列格の同年、阿彌神社と改称。社名碑に「懸社延喜式内二宮阿彌神社」、鹿島神宮大宮司奉納の拝殿扁額に「縣社阿彌神社」とある。
信太郡一宮は、信太郡の東半の総社であった楯縫神社(美浦村)である。この二社は関係が深い。普都神話の聖地(甲楯を脱いだ地=楯脱、登天した地=高来)に由緒を求める。
延喜式神名帳に記載がある(常陸国信太郡小二座)。ただし阿彌神社は論社。
信太郡東西の総社であり、信太郡一宮(楯縫神社)、信太郡二宮(阿彌神社)と称した。
南北朝時代はともに「庄内第一の宗廟」とされた(円密院文書)。
両社で普都神話を縁起とする古式祭を行っていた。
近代社格制度では県社に列格した。
鬱蒼とした鎮守の森を持ち、「阿弥神社樹叢」として阿見町指定天然記念物になっている。境内は茨城県指定緑地環境保全地域(20、阿弥)。参道からは7箇所に渡って北西にのみ小道が分かれ、それぞれ境内社の石祠または石碑を祀っている。本殿裏には巨木が立っている。樹叢に対し、裏手の竹林は荒廃している。

祭神を、そのまま普都大神と記載する地誌(新編常陸国誌、稲敷郡郷土史等)もある。豊城入彦命や高来神という説もある。一方、古来から健御雷之男命を祀る鹿島神社であったという傍証もある。
楯縫神社と霞ヶ浦を介して普都大神を渡御する古式祭(鹿島神事)を行っていた。

鳥居
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先ほどの楯縫神社と同じように、深い樹叢の中真っ直ぐに参道が延びる。
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手水舎
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参道の途中左右に石灯篭。
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右手に社殿がある。
これは、元霞ヶ浦海軍航空隊神社の社殿。阿見町は全国に19カ所あった予科練教育の中心地で、そこにあった社殿を終戦時に移築したもの。
現在は近くに予科練平和記念館が建っているそうだ。
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神楽殿
旧神宮寺の本殿で、建立は宝暦6年(1756年)である。
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拝殿前の広場に出た。
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安永6年(1777年)奉納の狛犬
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拝殿
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鹿島神宮大宮司奉納の拝殿扁額に
 「縣社阿弥神社」とある
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拝殿内部
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拝殿内部にあった絵馬。何を描いているのだろう。
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三間社流造銅板葺の本殿
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参道周辺や社殿周辺に幾つかの小さな石祠が祀られている。

『神社名鑑』には、当社の境内社は十五社と記されているが、ほとんど確認できなかった。
『式内社調査報告』には、境内社として以下の十二社の名がある。
稲荷神社、琴平神社、猿田彦神社、千勝神社、雷神社、阿夫利神社、鎮霊社、大杉神社、日枝神社、姥神社、大国主神社、愛宕神社。
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

神社の位置がよくわからなかったので、地図を調べてみたら、最寄り駅は土浦駅、と言っても、そこから南東に7km程、霞ヶ浦の岸から1km程の所だったのですね。

この神社、写真を見た限りでは、建物の数は多いが、全体的には鬱蒼とした感じですね。神楽殿は以前は色が塗られていたようですが、現在はほとんど残っていませんし。私の興味の対象は、ここでも、狛犬だけのようです。ここの狛犬もいいですね!

matsumo さん

コメントありがとうございます。
今、東国武士の歴史を調べていますが、
この辺は早くから開けたところです。
「香取の海」によって、海上交通によって開けました。

ここの狛犬は、私がいままで出会ったなかで、古いほうから
8番目です。
好みから云えば、もっと順位は上がります(笑)
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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