東郷公園・秩父御嶽(おんたけ)神社

20140728

所在地:埼玉県飯能市坂石580

26日(土)に参拝しました。
この日は龍勢祭りの桟敷席の優先申込みの日であり、私は毎年桟敷席を確保していて、昨年は歴史クラブの行事に提供し、楽しんでもらいました。すると今年はある団体の行事にしたいというので、歴史クラブ先輩のNさんに頼まれ、一緒に桟敷席申込みに秩父市吉田の龍勢会館に行きました。
それが済んで、せっかくだから何処かに寄ろうという事になり、Nさんがここに案内してくれました。
聞けばお姉様がここの宮司の方に嫁したそうです。既に亡くなられているということでしたが。

秩父御嶽神社は、飯能市吾野地域の国道299号線沿いで、子の権現上り口にあります。
高麗川にかかる橋があるので渡ると神社入口です。

橋からの高麗川の眺め(上流)
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高麗川の眺め(下流)。右から合流しているのは子の権現から流れてきた水です。
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右に神社の大鳥居がありますが、直進すると浅見茶屋を経由して子の権現に至る道です。
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社号標
東郷元帥の書です。
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この神社は、信州木曾御嶽山を本山と仰ぎ、その御分霊を奉斎する御嶽信仰の神社です。境内壱万五千坪にして、東郷公園を神苑としています。

1894年(明治27年)、秩父郡坂石村芳延(現:飯能市坂石)の百姓庄吉の長男であった鴨下清八(かもした せいはち、文久元年6月5日(1861年7月12日) - 昭和30年(1955年)12月8日)が創建した。清八は久保新衛門、井上頼圀に師事し、国学を修めた。17歳のとき、母が危篤となり、薬、医術も効かず神を頼り御嶽教信徒となって修行、そして母の平癒を見た。清八は神徳を深く信じ、福寿山を開き秩父御嶽神社を祭祀した。

また清八は、日露戦争後の1925年(大正14年)、東郷平八郎元帥の精神を普及させようと募金し、ついに東郷平八郎元帥の銅像が完成、除幕式には、東郷元帥をはじめ、粕谷義三衆議院議長、堀内信水陸軍中将、海軍大臣代理、小笠原長生海軍中将が参列した。日中戦争が始まると、戦勝祈願したが、1945年(昭和20年)7月神託により、時の内閣総理大臣鈴木貫太郎に建白書を呈し、無条件降伏を勧告した。1955年(昭和30年)没。94歳の天寿は当時飯能市の中では最高年長者の1、2を争う歳だった。没後は清貫一誠霊神として祀られる。

大鳥居
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この額も東郷元帥の書
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参道
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案内板
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案内図
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帰ってから、整理したら巡拝していない摂社などが多い。紅葉の名所らしいので、秋に再訪しようと思う。

二の鳥居
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鳥居を過ぎて、左手にムクゲが綺麗に咲いていた。
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昭和初期を思わせる建物の里宮会館。
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また参道を進む。
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秩父御嶽神社を創設した清貫一誠霊神の像。
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ここから石段が始まり、奥宮に直線で登っていく階段(男坂)が368段続きます。
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猛暑の、それも14時頃です。すぐに汗が噴き出てくるし、熱中症も怖いので、迂回路をのんびりと上がっていくことにしました。

禊殿
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傾斜は緩いが、長い坂が続く。
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百合が咲いている。
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布設水雷と砲弾が石段の左右に置いてあります。
日露戦争日本海海戦後、日本軍が掃海し、引き揚げたものが海軍省より下賜されたもの。

布設水雷はロシア軍が旅順港に多数布設され、日本海軍の入港を阻止しました。
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砲弾はロシア軍バルチック艦隊より発射された主砲の巨弾で、日本海軍はこのために苦戦をしいられた。
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狛犬の間を上がっていくと、東郷元帥の銅像があります。
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狛犬の右手に池があり、立派な鯉がたくさん泳いでいた。
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石段を上がる。
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「紀念公園碑」
題字は、やはり東郷元帥のもの。
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その横に、石灯篭を灌木系の樹で笠にして保護していた。
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一段上がって東郷元帥の銅像だが、石段の上左右に、日本海海戦時の元帥の有名な言葉が、東郷元帥の字で刻まれている。
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「皇国興廃在此一戦」
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「各員一層奮励努力」
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ここの元帥像は、世界で唯一、東郷元帥の許可を得て建立された銅像にて、大正十四年四月十七日、元帥自らの臨席を仰ぎ序幕式が挙行された。
当時、元帥の徳を慕い銅像建立の許しを願う者は後を絶ちませんでしたが、元帥は断じてこれを許すことはしませんでした。
開祖の鴨下清八氏は、東郷元帥邸をおとずれること八十余回。元帥はその誠意に打たれ、ついに承諾された。
下の写真は、序幕式当時の貴重な一枚です。
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元帥像
台座の「嗚呼名将」の献辞は当時の海軍大臣財部彪によるもの。
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私は、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を愛読していたので、東郷元帥にも親近感があります。
NHKドラマ”坂の上の雲”では、渡哲也が渋~く演じていました。

この時の、参謀秋山真之の「敵艦見ゆとの報に接し、連合艦隊は直ちに出動。之を撃滅せんとす。本日天気晴朗なれど波高し」は実に名文です。

三笠の被弾甲板です。
東郷長官(当時)の乗る旗艦三笠は、ロシア軍の集中砲火をあび、甲板は蜂の巣状になった。
間近で実物を見ると砲弾の破壊力がよく分かります。甲板の装甲なので厚さは2~3センチ程度ですが、固い鉄板が障子が破れたような形になって捲れている。
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この辺の斜面にも百合がたくさん咲いていた。
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ちょっと右手に下がっていき、乃木希典大将の像も見に行きました。
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「日本海大捷記念碑」
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明治天皇御製の歌、東郷元帥の書。
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台座の書は、東郷元帥お気に入りの小笠原長生中将の書
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「日露戦役記念碑」
大山巌元帥の書
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「忠魂碑」
乃木希典大将の書
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「東郷神社」
東郷元帥他界の後、昭和10年に建てられた。
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社額ではなく、東郷連合艦隊司令長官が賜った勅語が掲載されている。
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本殿を仰ぎ見る。
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神紋は「蔦」
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「東郷元帥の五省」
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東郷元帥と日本艦隊を描いたもの
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本殿
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「至誠館」
東郷元帥来山のおり休憩された、とあったのでそのために建てられた洋館だろう。
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一階に置かれている、1901年製のロシア軍の野砲。
当寺の新鋭の野砲で、裏側から見ると発砲の勢いで後退する砲身をスプリングで押し戻す機構部分もよく分かります。日本軍のは、発射と同時に砲車が後退し命中率を下げていたが、このロシア軍の野砲は使用も簡易で命中率も優秀だった。
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後退する砲身をスプリングで押し戻す機構部分。
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至誠館のテラスから東郷元帥が眺めた方向。今は樹が茂っていて見通しが効かないが、当時は下が良く見えたと思う。
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また、エッチラオッチラ登ります(汗)
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「三笠山神社」
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最後の50段くらいは、石段を上りました。
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振り返ると、気が遠くなるほど下から石段が続いている。
下から368段だからね。
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また百合の花が迎えてくれます。
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ついに、奥宮に到着(嬉)
ほとんど迂回の道で登りましたが、それでも斜面が急なので結構きつかった(汗)
途中、麓の放送が「35度を超えたので熱中症に注意してください」と云っているなかで上りましたから(笑)
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この拝殿の社額も東郷元帥の書
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幣殿の扉は閉まっていた。
木曽の御岳山を遥拝する向きになっているそうです。
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本殿
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主祭神は、国常立命、大巳貴命、少彦名命、そして清貫一誠霊神。

賽銭箱の神紋が、扉で塞がれてしまって見えない。里宮会館の中の幔幕に神紋があったので良かった。「三つ蔓葵に片喰」である。
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周りはほとんどが落葉樹ですが、見事な杉の林もありました。
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この方向に、晴れていればスカイツリーが見えるそうだ。
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残念ながら、この日はまったく霞んでしまっていた。
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麓の299号線と、西武鉄道の線路が小さく見える。
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(了)


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コメント

No title

四季歩さん こんばんは
なんだか見たことあるな~と思ったら、去年11月にもみじの紅葉を見に行った東郷公園でした(^^)

もみじの時期もいいけど山百合がこんなに咲いた今もいいですね~。甘い香りが感じられそうな写真です。

あの石段、最後のところがとてもきついですよね。傾斜が急で怖いほどでした。

No title

四季歩さん、こんにちは

東郷公園はいつも前だけ見て、通り過ぎるだけでしたが、写真を見させていただき、なるほど、秩父御嶽神社の境内って、そんなに大きなものだったのかと驚きました。わたしはてっきり、田舎の小さな神社だと思っていましたので。ううん、奥武蔵の山でも綺麗な紅葉の場所がありますので、ここも含めて青空の時に行きたいですね。

コメントありがとうございます

Jさん
ご無沙汰しています。
毎日暑いですが、お元気ですか?
さすが、Jさんですね。
ここにも既に行かれていたとは。
いろいろ調べてみると、ほんとに紅葉は見事らしいですね。
私も紅葉の時期に再訪しようと思っています。


matsumoさん
奥武蔵の山をいろいろと歩いていますよね。
たぶん、このお宮の横も歩いているだろな、
と現地で思っていました。
ここは、ほんとに驚きました。
歴史好きには、たまらない所ですね。
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プロフィール

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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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