兼六園

20140808

2日から帰省し、3日の夜は金沢香林坊にある東急ホテルに泊まりました。
いつもここに泊まります。地の利が良いのが気に入っています。
4日は、チェックアウトを11:30に予定し、ゆっくりと朝食をとった後兼六園の写真を撮りに出かけました。
金沢を訪ねた人は、たいてい最初に兼六園に向かうでしょう。私もそうだったので、最近はもう足は向かわなくなっていました。
気が付いたら、デジカメ初期の写真が少しあるだけで、ちゃんとした兼六園の写真が無い(汗)
それで今回撮っておこうというわけです(笑)

ホテルの前が香林坊の交差点。そこの大和デパートの前にあるのがこれ。金沢市街の模型です。
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広坂通りを、旧県庁側を歩いていきます。最初にあるのが旧制四高の建物。
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ここの学生だった井上靖の「流星」の一節の碑がある。
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旧制四高の学生像と寮歌の碑
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続いて、旧県庁の建物と、前庭の立派なシイノキ。現在「しいのき迎賓館」になっている。
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その横は広い芝生になっていて、金沢城の石垣がきれいに見える。
「堂形前」の碑が立っている。
堂形とは、加賀藩初期京都の三十三間堂の「通し矢」を模した練習場のことを、そう呼んだ。
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広坂交差点のところから、真弓坂を上がって兼六園に入ります。
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「瓢池」
このあたりが、兼六園発祥の地である。
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ここの「翠(みどり)滝」は、安永三年に作られた。
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「夕顔亭」
安永三年に建てられた大名茶室。袖壁に夕顔の透かし彫りがある。
藩政時代は「滝見の御亭(たきみのおちん)」と呼ばれた。
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「竹根石手水鉢」
竹の化石のように見えるのでこの名があるが、椰子類の茎と根の化石で、学術上極めて珍しいそうです。
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「伯牙断琴の手水鉢」
表面に中国の事の名手「伯牙」が友人の死を悲しんで琴の弦を断ったという故事が浮き彫りにされている、との説明があった。
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水の音が気持ちいい小川の横を上がっていく。
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緑が深く、苔も生えていてきもちのいい空間。
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「噴水」
霞ヶ池を水源としており、その落差で3.5mの高さに吹き上がっている。
日本最古の噴水。
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霞ヶ池から流れてくるせせらぎ。
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松の林の下で、真夏でも苔があざやかにしている。
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霞ヶ池に出ると、ご存知「琴柱灯篭」。
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その近くの「眺望台からの日本海方面の眺め。
緑の地平線は、内灘砂丘のアカシアの林です。
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「唐崎の松」
13代藩主前田斉泰が琵琶湖の松の名所唐崎から種子を取り寄せ育てた。
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反対側から
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「雁行橋」
十一枚の赤戸室石で雁が列をなして飛んでいる姿に作ってある。
一枚一枚が亀の甲の形をしているので別名「亀甲橋」ともいう。
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「七福神山」
文政5年(1822)に建てられた竹沢御殿から眺めた築山。
左から恵比須、大黒天、寿老人、福禄寿、布袋、毘沙門天、弁才天に見立てて配してある。
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手前の橋の一枚岩もすごい。
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「地蔵堂」
文政7年(1824)、12代藩主前田斉広が隠居所「竹沢御殿」で没したときの枕石のあとにこの堂が建てられた。
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中のお地蔵様二体。戸の格子窓に近すぎて部分しか撮れませんでした。
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「兼六園熊谷桜」
兼六園菊桜と斜めに向かい合っている。共に学名の桜で、菊桜はものすごく有名だが、こちらもなかなかのものです。
山桜の園芸品種で、開花は4月中旬頃。ソメイヨシノなどよりも1週間ほど遅い。中輪一重で、紅鮮やかな緋桜。満開時には枝を取り巻いて牡丹の形のように咲くところから、牡丹桜の異名がある。水戸藩から贈られたと伝わり、樹齢300年といわれている。
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千歳橋の上から熊谷桜を撮ったが、その反対側はこのようになっています。
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「日本武尊の像」
明治10年(1877)の西南の役で戦死した郷土出身の招聘を祀った記念碑。
銅像の身長5.5mです。
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いくら午前中とはいえ、暑さがやはりすごくて、ここで茶店に逃げ込みました。
氷水ののぼりがあったので、思わず(笑)
フワフワの氷で美味しかった。
進化してますね。

道に倒れそうな松。頑張っています(笑)
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しばらく「霞ケ池」のまわりを歩きました。

「蓬莱島」
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「内橋亭」
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内橋亭と蓬莱島
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「栄螺山」
霞ケ池を掘り広げたときの土で盛り上げたもの。登り路が螺旋に作ってあるのでこの名がつけられた。
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山頂に近づくと石垣が組んである。
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山頂付近からの霞ケ池。
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山頂には、からかさ型の「避雨亭」があるが、立ち入り禁止となっていた。
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山頂の広いところには三重塔がある。
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大きな常夜燈があった。
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「時雨亭」
延宝4年(1676)、5代藩主前田綱紀が、兼六園の前身「蓮池庭」の作庭に取り掛かった。その際の忠臣的建物が「蓮池御亭」であった。藩政後期には「時雨亭」と呼ばれていた。
明治のはじめに取り壊されるまでは「噴水」の前にあった。
平成12年に、今の場所に再現されたもの。
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現在は、お抹茶などの茶店になっているようで、時間がもう無かったので中には入らなかった。
ちょっと後ろに回って、池の蓮の写真を撮った。
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これで、今回の兼六園めぐりは終了。
ホテルに帰って、ちょっと休んでから予定どおり11:30にチェックアウト。
タクシーで金沢駅に出て、土産物など買い物を楽しんで、コーヒーを飲んで、
13:15の特急「はくたか」に乗り込み、越後湯沢で新幹線に乗り換え、大宮に着いたのが16:54でした。
これが、来年開通の北陸新幹線だと、2時間しかかからないといいますから、近くなりますね。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

兼六園ですか、以前にも書かせていただきましたが、1回だけ、行ったことがあります。その時の強烈な印象はその狭さで、もっと、広いと思っていた私には意外な狭さでした。後は、写真にも撮られている灯籠、これも、非常に地味だったことですね。

印象としては、ここより、金沢城跡の方が良かったです。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
いつも歩き回っているmatsumoさんにとっては、狭かったですか(笑)
まあ、価値は広さではないと思うので。

金沢城跡の石垣などには、私も惚れ惚れしてます。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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