阿伎留神社(延喜式内社)/東京都あきる野市

20140815

所在地:東京都あきる野市五日市1081

昨日14日に、個人で取り組んでいる「武蔵国式内社めぐり」で、あきる野市五日市の「阿伎留神社」、八王子市北野の「天満社」、瑞穂町の「阿豆佐味天神社」を廻ってきました。

家を9時に車で出て、圏央道に乗るときに八王子JCから25Km渋滞と出ていたので、あきるのICでなく日の出ICで降りることにした。やはり正解で日の出IC直前からノロノロが始まっていた。
場所はJR五日市駅の近くで、順調に到着。

お宮さんに入る前、すぐ傍が崖みたいだったので、見に行くと眼下に秋川が見渡せた。
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社号標
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由緒
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この中に出てくる、「日本三代実録」とは、平安時代に編纂された歴史書。六国史の第六にあたり、清和天皇、陽成天皇、光孝天皇の3代である天安2年(858年)8月から仁和3年(887年)8月までの30年間を扱う。延喜元年(901年)に成立。編者は藤原時平、菅原道真、大蔵善行、三統理平。

社名は「阿伎留」・「阿伎瑠」・「秋留」「畔切」とも書かれたが、いずれも「あきる」と読んだ。「あきる」は「畔切」を意味し、当地が開拓され始めた頃に祭られた神社ではないかとも考えられている。また現在の宮司家は創立以来70余代目とされ、初代神主の土師連男塩が氏神を祭ったのに始まるとも考えられている。

大鳥居
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鳥居をくぐると、正面に神楽殿が見え、手水舎の先を右に折れると社殿。
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手水舎
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きれいな水が満ちていました。
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右に折れると、一段高くなって社殿があります。
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石段の手前に、文化財の説明がありました。
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大正3年建立の狛犬
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拝殿
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向背破風が二重。この場合下を唐破風にして柔らかい感じにすることが多いが、ここではあえて直線を重ねて厳格さを出している。
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向拝部は、彫刻などの装飾がなく厳粛な感じとしている。
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社額
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拝殿内部
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拝殿内の社額
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鏡の近くに「四神旗」が飾られていた。よく説明に出てくるのだが、あまり目にしたことが無いので、遠めだが見ることが出来て、嬉しかった。
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祭神は、大物主神 (おおものぬしのかみ)、味耜高彦根神 (あじすきたかひこねのかみ)、建夷鳥神 (たけひなとりのかみ)、天児屋根命 (あめのこやねのみこと)
『新編武蔵風土記稿』では味耜高彦根神のみを挙げているそうで、味耜高彦根神が元来の祭神とされる。

神紋は「丸に三つ柏」
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本殿
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後ろから
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神輿殿
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面白い彫刻がある。
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カーテンが閉じられていて、その隙間から神輿を覗き込んでいたら、「開けてあげましょうか」とお宮の人が声をかけてくださった。

沢山の神輿が並んだ様は壮観だった。
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中央に、ひときわ目立つ二つの神輿があり、これは天保年中(1823)に製作された二代目。重さ400Kg。
特徴は、全国的にも珍しい胴が六角形になっていること。
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正面と横を見てもらえば、六角形がわかると思う。
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上の鳳凰が稲穂を咥えている。
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こちらは、三代目の神輿。重さ600Kg。
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神楽殿
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境内の摂末社にお参りします。

社殿の右側に「占方神社」
どういうお宮で祭神についても、よくわからない。
このお宮に「神伝鹿卜秘事記」という鹿卜に関して最も古い資料が伝わっている(後述)ことから考えると、天照大御神が天石屋戸にお隠れになったときに、天安河の河原にて鹿の骨を灼いて占った、天兒屋命と布刀玉命ではないかと考える。
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社殿の左側に「祓戸大神を祀った神社」
祓戸(祓所、祓殿)とは祓を行う場所のことで、そこに祀られる神という意味である。
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「日枝神社・松尾神社」と表示された末社。
資料では、6社合祭(日枝神社・伊多弓神社・松尾神社・平野神社・庭津日神社・国造社)となっている。
このうち伊多弓神社は『日本三代実録』にも載る古社である。
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近くに説明のない祠がたくさんあったが、これが合祀された元の祠ではないか。
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御神木の夫婦杉
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根元に祠がある。
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「倭建命神社・菅原神社」と表示された末社。
消されているのは占方神社で、これは新しく祀られていた(先述)。
資料では4社合祭(倭建命神社・菅原神社・小川神社・占方神社)とあった。
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近くに、やはり表示のない祠がある。
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「大鳥神社」
資料では3社合祭(大鳥神社・若電神社・熊野神社)とある。
このうち若電神社は『日本三代実録』にも載る古社である。
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扉前の左右に置かれていた人形が、ぱっと見てサンタクロースに見えた。
そんなバカな(笑) と良く見たら御幣を持った猿が赤いチャンチャンコを着ている。
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「白光稲荷神社」
資料では、4社合祭(稲荷神社・松原稲荷神社・白光稲荷神社・福穂稲荷神社)
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社殿の前に祠が、計五つ。
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社殿の左奥に井戸の跡があった。
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帰ってから調べると「まいまいず井戸」の跡であることがわかった。
「まいまいず」とはカタツムリのことで、このあたりでは垂直に井戸を掘る技法が確立されていなかった中世の頃には、渦を巻くように地中を掘り進めて水を得ていたそうです。
まいまいず井戸としては、羽村市にある井戸が有名なようです。
狭山市の「七曲りの井」、「堀兼の井」のように「ほりかねの井」でした。

ただし、阿伎留神社のはその名残は残っていませんね。

最後に、阿伎留神社について調べていると「神伝鹿卜秘事記」という鹿卜に関して最も古い資料が伝わっていることがわかった。また、阿伎留神社の境外末社の琴平社には神代文字で書かれた和歌の版木が伝わっていることも。
どんなものかは「阿伎留神社 神伝鹿卜秘事記」で検索してみてください。

(阿伎留神社了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

阿伎留神社ですか、戸倉三山を登った後に五日市駅まで歩いている途中に、名前(道標)だけ、見かけた記憶がありますが、参拝したことはありません。

写真を見せていただくと、結構、広い境内のようですね。私の好きな狛犬は玉をもっているのと、子供がいるの共、素晴らしいですし。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
ほんとうにmatsumoさんは、特に東京都の場合は
どこでも知っていますね。
敬服の至りです。
私は、あの辺はまったく初めてでした。
面白そうですね、あの辺。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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