禍津日神(まがつひのかみ)/日本の神々の話

20140816

神というのは、畢竟人間が名前をつけたものですから、人間に悪人と善人が居るように、一個の人間の中にも悪しき心と善き心があるように、神様にも悪しき神様が居るのです(笑)

禍(マガ)は災厄、ツは「の」、ヒは神霊の意味であるので、マガツヒは災厄の神という意味になる。

神産みで、黄泉から帰ったイザナギが禊を行って黄泉の穢れを祓ったときに生まれた神で、『古事記』では八十禍津日神(やそまがつひのかみ)と大禍津日神(おほまがつひのかみ)の二神、『日本書紀』第五段第六の一書では八十枉津日神(やそまがつひのかみ)と枉津日神(まがつひのかみ)としている。これらの神は黄泉の穢れから生まれた神で、災厄を司る神とされている。
記紀神話では、禍津日神が生まれた後、その禍を直すために直毘神(なおびのかみ)二柱と伊豆能売が生まれている。
なお、『日本書紀』同段第十の一書ではイザナギが大綾津日神を吹き出したとしている。これが穢れから生まれたとの記述はないが、大綾は大禍と同じ意味であり、大禍津日神と同一神格と考えられている。

後に、この神を祀ることで災厄から逃れられると考えられるようになり、厄除けの守護神として信仰されるようになった。この場合、直毘神が一緒に祀られていることが多い。

本居宣長は、禍津日神を祓戸神の一柱である瀬織津比売神と同神としている。

本居宣長は、禍津日神を悪神だと考えた。宣長によると禍津日神は人生における不合理さをもたらす原因だという。この世の中において、人の禍福は必ずしも合理的に人々にもたらされず、誠実に生きている人間が必ずしも幸福を享受し得ないのは、禍津日神の仕業だとした。「禍津日神の御心のあらびはしも、せむすべなく、いとも悲しきわざにぞありける」(『直毘霊』)と述べている。

一方、平田篤胤は禍津日神を善神だとした。篤胤によると、禍津日神は須佐之男命の荒魂であるという。全ての人間は、その心に禍津日神の分霊と直毘神(篤胤は天照大神の和魂としている)の分霊を授かっているのだという。人間が悪やケガレに直面したとき、それらに対して怒り、憎しみ、荒々しく反応するのは、自らの心の中に禍津日神の分霊の働きによるものだとした。つまり、悪を悪だと判断する人の心の働きを司る神だというのである。またその怒りは直毘神の分霊の働きにより、やがて鎮められるとした。

私は、秩父神社境内社にてお参りしました。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

以前にも書いたことがあるような気がしますが、先日、行った茅野市には、私はお参りしませんでしたが、「貧乏神神社」がありました。何でも、本社は飯田市にあるらしいのですが、こちらも行ったことはありません。また、このほか、都内の亀戸にも分社があるようです。

後は「将門塚」なんかも、「祟り」で有名ですね。また、菅原道真や崇徳天皇等も有名ですね。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
この神の場合は、「祟り」ではなくて「穢れ」ですね。
穢れによっても、幸せが損なわれると考えられました。

死者の穢れの場合ははっきりしていますが、
知らず知らずの場合も多いので、半年ごとに「大祓」を
したりしています。
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写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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