「平将門と東国武士団」/動乱の東国史

20140826

いままで、断片的に中世の歴史を学んできたが、やはりこの辺で東国に関する中世全体の歴史をおさらいしようと、本を探して全7巻からなる「動乱の東国史」を読み進めることにした。
その第一巻がこの本である。

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目次:
将門と東国-プロローグ
Ⅰ 坂東の歴史風景-古代から中世へ
  1 坂東の風景
  2 交通と自然環境
  3 将門以前
  コラム 御食都国=安房国の神々
Ⅱ 平将門の乱
1 『将門記』と緒戦-鬼怒川=香取内海地域での戦い
2 平氏一族の内紛-将門と良兼
3 調停者将門による坂東支配
コラム 子飼の渡と堀越の渡-毛野川と子飼川
コラム 『将門記』の兵と中世武士-武士とは何か
Ⅲ 新皇将門の敗北
1 新皇将門の国家構想-内海の都と坂東国家
2 東西の兵乱のなかで
3 藤原秀郷と将門の敗北
4 『将門記』の語り
コラム 将門伝説の関連史跡-石井営所の周辺
Ⅳ 勝者たちの歴史-将門以後
1 秀郷流藤原氏の東国蟠踞
2 貞盛流平氏の活動
3 清和源氏と良文流平氏
4 良文流平氏と平忠常の乱
 コラム 三浦氏一族の本拠地-衣笠城
Ⅴ 奥羽の地域社会と前九年・後三年合戦
  1 奥羽の地域社会
  2 前九年・後三年の合戦
  3 清原氏の援軍と東国武士
  4 延久の蝦夷合戦から後三年の合戦へ
  コラム 蝦夷の衣服-狭布の細布胸合わじ
  コラム 中世都市平泉と中尊寺
  コラム 多気宗基の経筒-茨城県土浦市東城寺の経塚
Ⅵ 東国武士団と保元・平治の乱
  1 荘園公領制の成立
  2 荘園・公領をめぐる相克
  3 源義朝と東国武士の抗争
  4 保元・平治の乱と東国武士
  コラム 御厨の風景-『彦火々出見尊絵巻』の一場面から
  コラム 女堀の開削-秀郷流藤原氏の上野・下野への族生
日本列島のなかの東国社会-エピローグ

この目次で、どの範囲の歴史を取り上げているかは分かっていただけたと思うので、初歩的で恥ずかしいのだが、認識を新たにしたこと、整理がついたことを数点挙げておきます。

将門については、吉川英治の本で読んで将門のイメージは残っている。
今回は、常陸、下総が主な舞台ということもあって、あまり気が入らなかったので、将門については省略する。

将門の乱が起こった平安時代中期の、坂東八ケ国と周辺の国の国府の位置。そして主な川の位置。
香取の内海の広大さ、利根川(古利根川)が入間川と合流して東京湾に注いでいる。
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平安時代の主要道路
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平将門追討に功のあった「藤原秀郷(田原藤太)」からの系図。
それぞれの名家が生まれていることがわかる。
歌で名高い西行(佐藤義清)が、藤原秀郷からの嫡流であることに吃驚した。
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源経基は当時武蔵介であり、武蔵権守興世王と共に武蔵武芝と足立郡内の不動倉の稲穀をめぐって争い、将門が調停に乗り出すが調停は失敗、源経基は都に逃げ帰って、将門が謀反と訴えた程度の人物である。
しかし、この源経基が清和源氏の祖なのである。
この系統を見ると、頼朝、義仲に繋がっていく源氏の頭領たる流れ、足利、新田、佐竹、武田に流れていく、中世武者の本流の流れだ。
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源頼朝と木曽義仲の覇権争いの前段階として、二人の父親義朝と義賢との嫡流争いがあった。
義賢が討たれた「大蔵館」というのは、私の住んでいるところからわりと近いところにある。
なので、義朝と義賢について整理出来たのが、私には大きい。
これを少し転載しておこう。

源為義は摂関家に接近し、摂関家の権威と家産機構に依拠しっつ武士団編成を発展させていった。そうしたなかで、摂関家の氏長者藤原頼長と為義の次男義賢との著名な男色関係もあった。
これに対して、政治的な立場を異にしたのが長男義朝である。義朝の母は白河院の近親藤原忠清の娘であったが、父為義が仕える氏長者頼長の父忠実は白河院に関白を解任され蟄居に追い込まれた経緯があり、実権を取り戻した忠実が、白河院近臣の外孫にあたる義朝を忌避した可能性が高いとされている。
そのため義朝は廃嫡されて、永治元年(1141)までには坂東に下向し、相模国の三浦氏に迎えられ、源頼義以来の相伝の「鎌倉楯(館)」に入ったものと推定される。永治元年には、三浦義明の娘との間に長男義平が生まれている。前にふれた下総国相馬御厨や相模国大庭御厨への介入は、その後のことであり、三浦氏を外祖父とする義平が坂東南部の基盤を継承したのであった。ちなみに坂東で、義朝を迎え入れた上総氏(義朝は「上総御曹司」と呼ばれた)、最初に女婿とした三浦氏、次男朝長の母を出した波多野氏は、坂東の摂関家領の荘官でもあった。上総氏は上総国菅生荘(木更津市)、三浦氏は相模国三崎荘(三崎市)、波多野氏は相模国波多野荘(秦野市付近)の在地領主であった。廃嫡された義朝の坂東下向は、摂関家による荘園再編と関係していたとも考えられる。そうだとすると、義朝の坂東での活動は父為義による坂東経営の枠内にあったことになる。父為義と長男義朝の確執は、河内源氏の一族内の問題にすぎなかったのではなかろうか。
【大蔵合戦】
 その後、義朝は都の武者としての道をえらび、一度京都に帰ったのであるが、まもなく下野守に補任される。それに対抗するように、上野国に下向したのが弟義賢であった。廃嫡された義朝にかわって嫡男となった義賢であったが、保延六年(1140)、京都での殺人事件の共犯者として東宮帯刀先生(たてわきせんじょう)の地位を失ってしまう。藤原頼長との男色関係のみでは河内源氏の嫡男はつとまらず、義賢もまた廃嫡されて坂東に下ったのである。
 その後、坂東では、義朝の子義平が外戚三浦氏を背景に南部で勢力を拡大すると、西北部では上野国に下った義賢が利根川を越えて武蔵国へと勢力を伸ばそうとしていた。また、義朝は保元元年(1156)には、日光二荒山神社造営の功によって下野守を重任し、藤姓足利氏を支配下におくとともに上野国の新田義重との同盟関係を強化して、義重の娘を義平の妻とした。こうしたなかで、武蔵国西北部の秩父周辺は義朝=義平の勢力と義賢の勢力とがせめぎ合う場所となりつつあった。
この頃、秩父平氏(平忠常の兄弟将恒系)は武蔵国最大の武士団を形成しており、当主の秩父重隆は武蔵国の                       
留守所総検校職という国衡在庁の役職にあり、利根川を挟んで藤姓足利氏や新田氏と対峠していた。また、秩父氏一族内では、武蔵国留守所総検校職をめぐって、当主重隆と甥の畠山重能が対立しており、畠山重能は源義平を頼んでいたのである。
 義朝=義平の勢力に包囲された状況の秩父重隆は、当然、源義賢と結ぶことになった。義賢は垂隆の娘を妻として「養君」となり、入間川上流の武蔵国比企郡の大蔵館に入って、上野と武蔵の武士団を糾合しようとした。大蔵館は上野国と武蔵国を結ぶ武蔵道の脇道(のちの鎌倉街道)と入間川水系の都幾川が交差する水陸交通の要衝に位置していた。

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そこに拠点を構えた義賢=垂隆勢力に対して、弱冠15歳の義平が率いる軍勢が、突如襲いかかったのは久寿二年(1155)八月十六日のことであった。義賢と重隆はともに討たれ、武名をあげた義平は「鎌倉悪源太」と呼ばれることになる。この大蔵合戦によって、秩父氏の家督権は畠山重能が掌握し、坂東において義朝=義平に対
抗する勢力はほぼ一掃された形であった。
 ちなみに、大蔵合戦で敗れた義賢の二歳の次男駒王丸は、畠山重能らの計らいで信濃国の木曾に逃れ、のちに木曾義仲となる。また、畠山重能と三浦義明の娘(あるいは孫娘)の間に生まれる子が畠山重忠である。


大変面白く読み進めることができた。
これで全体像がはっきりして、何かあるときには特定の武将についても調べることができる。
良い本だと思った。


(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

おお、頑張っていらっしゃいますね。今の私には、勉強のために7冊組の本と言うのは、根気が続かないので、とても無理です。今は読みたい本を乱読と言う形が多いです。

さて、関東の歴史ですが、京都の政権の影響は多少はあるにしろ、実際は各実力者達の独自の国だったのでしょうね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
基本的には、実力者が自分の領域を支配するんですが、
国に納める税を嫌って、伊勢神宮の御厨に差し出してしまって、
それを管理する者として認めてもらって力を蓄えるとか、
中央から派遣された荘園の管理人が、力を蓄えるとか、
中央に出仕して、中央で東国の武士のネットワークを作るとか、
けっこう両方で、複雑ですね。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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