流鏑馬の魅力

20140901

今年、歴史クラブの行事に流鏑馬見学を予定しているので、そろそろ用意をしようと思い、1月にBSジャパンで放送された、小笠原流の伝統を描いた番組を録画しておいたので再見した。
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ちょっと長くなるが、「小笠原流弓馬術礼法」について、WIKIPEDIAの記事で確認しておこう。
寛政重修諸家譜等に見える家伝によれば、小笠原氏は遠祖の貞純親王以来の「糾法」(きゅうほう、弓馬術礼法)を代々伝え、鎌倉時代には初代の小笠原長清が源頼朝の、2代小笠原長経が源実朝の糾法(きゅうほう)師範に命じられたとする。7代目の小笠原貞宗は南北朝時代に後醍醐天皇に仕え「弓馬の妙蘊に達し、かつ礼法を新定して、武家の定式とするなり」という御手判を賜り、このとき「弓・馬・礼」の三法をもって糾法とした。また「王」の字の紋を与えられ、これが現在にも伝わる三階菱の家紋である。 なおこの時期に、貞宗と一族の小笠原(赤沢)常興は『修身論』及び『体用論』をまとめ、今日の小笠原流の基礎を築いたとされる。

小笠原家は代々、総領家(本家)が糾法および小笠原流礼法全般をとりしきっていたが、総領家17代の小笠原長時とその子貞慶期には戦国大名として、信濃侵攻を行った甲斐の武田信玄と戦いを繰り広げる中、弓馬礼法の伝統を絶やさないため、永禄5年(1562年)、一族筋にあたる赤沢経直に糾法的伝と系図、記録を携え、弓馬術礼法の宗家の道統を託した。道統とは小笠原の弓・馬・礼の三法の総取り仕切り役の正統継承を意味する。つまりこのとき、総領家と弓馬礼法の家が分離した。

この後、赤沢経直は徳川家康に仕えて小笠原姓に復した。弓馬礼法宗家筋となったこの家系(平兵衛家)は歴代将軍に仕え、将軍家子女の婚礼や元服の儀式に与るとともに、8代将軍徳川吉宗の命により復興された流鏑馬(騎射挟物)が第20代小笠原常春に預けられ、以後代々騎射師範として門弟を指揮し、高田馬場等で行うなどしている。

明治以降も継承され現在、小笠原清忠が弓馬術礼法教場31世宗家。弓馬術礼法の継承者として、大的式・百々手式・草鹿等の歩射、流鏑馬・笠懸などの騎射の各種の式を明治神宮や熱田神宮、伊勢神宮、靖国神社、鶴岡八幡宮など各地で行っている。 なお清忠の嫡男小笠原清基は特定非営利活動法人 小笠原流・小笠原教場の理事長を務めている。小笠原流礼法は登録商標(商標登録番号 第3076080号)となっていて小笠原教場以外が、「小笠原流礼法」の名称を使用して教えることは禁じられている。

なお、弓術流派としての小笠原流は、室町時代後期に戦陣の歩射を起源として興った日置流の斜面打起しに対し、騎射由来である正面打起しを行う点に特色がある。体配(行射の作法)も日置流とは異なり、今日的な用語で礼射系と分類される。射法に関しては日置流の影響を受けている。


狭山市に領地を持ち、天岑寺に大きな墓所のある小笠原家も、家紋が三階菱である。もしやと思い調べてみたら、やはり小笠原長清を祖とする、とあるのでやはり同じ一族であった。
それで、俄然「小笠原流流鏑馬」について関心が深まった。
また、三階菱の紋が「王」の字に基づいていることもわかった。

そして、もう一つ。
私は長野県佐久で「依田」という名字の家に生まれました。戦国時代依田家でもっとも活躍した武将としては、武田信玄の腹心「相木市兵衛依田昌朝」が居ます。
だから私は武田信玄が大好きなのですが、武田信玄の初期の対抗相手が小笠原長時でした。
だから小笠原長時にもなじみがあります。

番組は、宗家嫡男小笠原清基(34歳)の「平成の世に武士として生きる」日常を追うものでした。
驚いたのは家訓です。
「家業を生業とせず」ということで、小笠原流弓馬術礼法を人に教えることで収入を得てはいけない。
そうすることで、「世にへつらわない」、「時流に流されない」厳密に変わることのない流派を守れる。
それで清基さんは、製薬会社の研究員をしている。
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医者を志したが、それでは時間に制約が生じて小笠原流弓馬術宗家の仕事が果たせないのであきらめたようです。

二時間の番組では、小笠原流弓馬術礼法宗家としての厳しい鍛錬の様子が色々と紹介されたが、小笠原流流鏑馬がどれだけ重きをなすものか、輝いている場面を紹介する。

1月の明治神宮大的式(非公開)
かっては江戸城吹上庭園での年始の儀式だった。
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姫路城流鏑馬
ここでは、円形の馬場に的を設けている。
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下鴨神社流鏑馬
有名な行事「葵祭」に先立つ神事。
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歩射神事「屋越の蟇目」
楼門の屋根越しに矢を放つ。天皇の勅使が通る楼門を祓い清める神事。
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出雲大社 平成の大遷宮奉納流鏑馬
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番組のなかで印象的だったのは、鶴岡八幡宮の「放生会流鏑馬」だった。
台風が直撃して、開催が危ぶまれる中、人に見せる催しではなく神に捧げる神事なのだからと、前日から強風雨のなか、馬場を整備し、馬と馴染むために練習している姿だった。幔幕が飛ばないように大勢の門人が幔幕を押さえたり、ずぶぬれになりながら馬場を整備する門人たち。
たしかに、昔武士たちは天候を選んで戦いをしていたわけではないが(笑)
全然揺るぎのない心で作業に奉仕している姿を見ていると、ホッとする気持ちがある。
番組の中で「流鏑馬は五穀豊穣と無病息災を願う神事」なのだと説明していたが、そのことを実感した。
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番組の最後に、小笠原清基さんに「武士(もののふ)とは」と質問したら、「当たり前のことを当たり前に常にすること」ではないかと答えていた。
素晴らしい言葉だった。

(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

「家業を生業とせず」、いい言葉ですね! 膨大な集金システムを持っている茶道、華道等の家元達に実行して欲しい言葉ですね。

それにしても、小笠原流が日本全国の行事に出ているのには驚きました。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
記事の方ははしょっていますが、もっと沢山の神社での
奉納を番組で紹介しています。
週末はほとんど、鍛錬も含めて埋まっています。
大変な家業なんですね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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