速秋津日子神(はやあきづひこのかみ)/日本の神々の話

20140907

伊邪那岐、伊邪那美が国生みの後、生んだ35柱の神の一つ。

『古事記』では、伊邪那岐命・伊邪那美命が家に関連する神々を生んだのち、 海神・大綿津見神、水戸神・速秋津日子神、速秋津日売神を生んだとある。
『日本書紀』一書には「水門神等を速秋津日命と号す」。川と海の接する河口部の神。

『古事記』-「二神の神生み」の段
 (現代語訳)
 伊邪那岐・伊邪那美神は、国を生み終えて、さらに神を生み出した。そして生んだ神の名は、大事忍男神、次に石土毘古神を生み、次に石巣比賣神を生み、次に大戸日別神を生み、次に天之吹男神を生み、次に大屋毘古神を生み、次に風木津別之忍男神を生み、次に海の神の、名は大綿津見神を生み、次に水戸の神の、名は速秋津日子神、次に女神の速秋津比賣神を生んだ。 大事忍男神より秋津比売神まで合わせて十神。
 この速秋津日子・速秋津比売の二神が、河と海を分担して生んだ神の名は、沫那藝神と沫那美神、次に頰那藝神と頰那美神、次に天之水分神と国之水分神、次に天之久比奢母智神と国之久比奢母智神である。 沫那藝神より国之久比奢母智神まで、合わせて八神。
(以下省略)

神産みの段でイザナギ・イザナミ二神の間に産まれた男女一対の神で、水戸神はその総称である。『日本書紀』の一書第六では「水門の神達を速秋津日命という」としている。
『古事記』では、二神の間には以下の四対八柱の神が産まれたと記している。いずれも水に関係のある神である。
沫那藝神(あはなぎのかみ)・沫那美神(あはなみのかみ)
頬那藝神(つらなぎのかみ)・頬那美神(つらなみのかみ)
天之水分神(あめのみくまりのかみ)・国之水分神(くにのみくまりのかみ)
天之久比奢母智神(あめのくひざもちのかみ)・国之久比奢母智神(くにのくひざもちのかみ)

また、葦原中国平定の段で国譲りを承諾した大国主のために造営された宮殿(出雲大社)で、膳夫(かしわで)となった櫛八玉神(くしやたまのかみ)は、水戸神二神の孫と記されている。

「水戸神」とはすなわち港の神の意味である。古代の港は河口に作られるものであったので、水戸神は河口の神でもある。
また川に穢を流す意味から、祓除の神ともされる。神名の「ハヤ」は川や潮の流れの速さを示し、かつ、河口の利用は潮の流れの速さに左右されることから出た神名とみられている。また、「アキツ」は「明津」で、禊によって速やかに明く清まるの意とする解釈もある。

私は、三峰神社境内社の「祓戸神社」でお参りしました。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

私が子供の頃、町内会から「人形(ヒトカタ)」が配られてきて、それに、名前を書いて提出していました。それが神社でまとめられて、舟に乗せて海に流しに行っていたそうですが、その様子は見たことがありません。でも、その頃は「穢れ」とは知らず、悪い所をなおす位に意識だったと思います。

私の家はその後、引っ越してしまいましたが、今でも舟で沖合に流しに行くと言うのは続いているそうです。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
私が、去年南千住の素戔嗚神社にお参りしたとき、
たまたま夏越の大祓の時期だったのですが、
そこのお宮では、今でも隅田川に船を出して流している
写真が掲示されていました。
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とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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