高麗郡建郡1300年

20140911

昨日10日(水)に、さやま市民大学同窓会 歴史クラブ主催で「高麗郡建郡1300年の意義」というタイトルで公開講座を開きました。
講師は高麗郡建郡1300年記念事業委員会会長の大野松茂氏にお願いしました。
大野松茂氏は、衆議院議員(4期)、埼玉県議会議員(2期)、狭山市長(3代)を歴任。狭山市名誉市民。現在は武蔵野学院大学の客員教授であります。

講演の内容は素晴らしいもので、とても感銘をうけました。
ただし、昨日の今日ということで、この記事では2016年が「高麗郡建郡1300年」にあたることの概略的な説明にとどめ、大野松茂氏がお話されたことは録音してあるので、整理したうえで記事にしたいと思います。

公開講座の様子
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大野松茂講師
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聴講者には、「早わかり 高麗郡入門」という小冊子が配られ、それをベースにお話をされたので、とても分かりやすくて理解ができました。
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「高麗郡建郡1300年」ということで、様々な取り組み、企画のパンフレットもいただいたので、これからこのテーマでの催しに参加する機会が増えると思う。
10月4日に巾着田で催される「にじのパレード」が楽しそうだ。高句麗衣装や古代衣装でのパレードらしい。


続日本紀によると、霊亀2年(716)に駿河、甲斐、相模、上総、下総、常陸、下野の七国に住む高麗人1799人を武蔵国に移住させて高麗郡を建郡したとあります。
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どの辺が高麗郡かというと、下図で入間川の北にあたります。
従って狭山市では入間川の北がかっての高麗郡、入間川の南がかっての入間郡ということになります。
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この頃朝鮮半島では、激動の時代で百済、新羅、高句麗の三国が互いに争っていたのですが、唐と手を組んだ新羅に、百済、高句麗は滅ぼされてしまいます。
当然日本にも援助の依頼ががあり、天智2年には百済を助けるため出兵しますが白村江の戦いで大敗し、百済は滅びます。
そのため、この時期にはたくさんの渡来人が日本に渡ってきました。
一面では、渡来人がもたらして文化・技術により日本は発展しました。

高句麗に関しては、私は韓流時代ドラマが好きで、よく見ているので高句麗の始祖「朱蒙」とか「広開土王」は知っています。

そして高麗郡を考える時に、浮かび上がってくる人物として、「高麗王若光」があります。
天智5年(666)10月に高句麗の使者として日本に来ました。当然この時期ですから日本からの援助を要請するのが主たる目的だったでしょう。
しかし2年後に高句麗は滅びてしまいます。
若光は帰る国が無くなってしまった訳です。
続日本紀大宝3年(703)4月に、従五位下高麗若光に王姓を賜り「高麗王(こまこしき)若光」とするという記事があります。
これは若光という人物が優秀だったのはもちろんですが、それだけではなくそれ以前の渡来人たちが文化や技術をもたらしていたからだと思われます。
そして、高麗郡の建郡にあたっては、指導的な役割を果たし、その貢献が極めて大きかったので、亡くなると高麗神社の祭神として祀られました。

ちょっとポイントがずれますが、私は「桜行脚」というのをやっていて、高麗神社と高麗王若光の墓がある聖天院の両方とも見事な桜があるので、記事にしています。

高麗神社の記事に飛ぶ


高麗王若光の墓がある聖天院の記事に飛ぶ



高麗郡の役所(郡家)がどこにあったかは、確かな発掘はまだされていませんが、有力な候補地としては武蔵高萩駅の北側に存在する「拾石遺跡」と「堀ノ内遺跡」があるそうです。

高麗郡の遺跡のなかで、「女影廃寺」、「高岡廃寺」、「大寺廃寺」の三つがありますが、一つの郡で三つも寺院が建立された例は武蔵国では他に無いそうで、誇るべきことのようです。

女影廃寺出土の軒丸瓦、軒平瓦。
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私は狭山市に移ってきて30年になりますが、その地の産土神社が白髭神社ということで、初詣その他で白髭神社に、よくお参りしている。
白髭神社の祭神は猿田彦命だが、高麗王若光が「白髭明神」とも呼ばれ祀られたこと、白髭神社のほぼ全てが高麗郡内にあることから、神社研究がメインとなっている私には、この辺の関係がとても面白いテーマになりそうである。


そして、ちょうど歴史クラブのなかで7月から「新編武蔵風土記稿」の勉強会が始まりました。
入間郡、高麗郡の順で進めていく予定なので、いずれ高麗郡の姿がいろいろと具体的に捉えられると、今から楽しみにしています。
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歴史クラフ行事の記事一覧に飛ぶ



(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

高麗と言えば、私にとっては、「巾着田」の「彼岸花」ですね。同ホームページをチェックしてみたら、既に開花しているそうで、17日頃から見頃になるようです。

今年も天気が良く、また、遅咲き・早咲き地区の両方が咲いている時に行きたいです。勿論、その後は、そのそばの低い山を歩きたいですし。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
matsumoさんは、彼岸花がお好きなようで、
毎年巾着田を訪れていますよね。
私も今年は行きたいと思っています。
高麗神社も良いお宮ですよ。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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