芭蕉ゆかりの深川(2)

20140927

23日(火)に、歴史クラブの行事で表題のテーマで歩いた続きです。

下の「本所深川絵図」で「久世大和守」とあるのが、今の清澄庭園です。
その東側に霊巌寺があり、その北にある小名木川沿いに西に行くと萬年橋。それを渡って左上の辺に芭蕉庵跡の芭蕉稲荷、芭蕉記念館などがあり、この時代の新大橋はこの位置ですが、現在の新大橋はもっと北、北六軒堀町の上の道をずっと西に延長したところに今は新大橋が掛かっています。
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【清澄庭園】

さて、清澄庭園に入り皆を最初に案内したのが、この句の前です。
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大きな句碑です。
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この前で皆で記念写真を撮り、それから自由行動。
池の周りをたどっていくと石仏群があります。
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池の中の小島にサギが佇んでいる。
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白と赤の曼珠沙華
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ここの池の周りにはたくさんの飛び石があり、楽しい。
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無造作に置かれた大きな一枚岩。
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水に面白く浸食された岩が集められている。
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子供も楽しそうに遊んでいる。
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【江戸六地蔵・霊厳寺】
寛永元年(1624年)、雄誉霊巌上人の開山により、日本橋付近の芦原を埋め立てた霊巌島(現在の東京都中央区新川)に創建された。数年後に檀林が設置され、関東十八檀林の一つとなった。
明暦3年(1657年)、江戸の大半を焼失した明暦の大火により霊巌寺も延焼。境内や周辺で1万人近くの避難民が犠牲になったという。万治元年(1658年)に徳川幕府の防火対策を重視した都市改造計画の一環として、現在地に移転した。
霊巌寺には、11代将軍徳川家斉のもとで老中首座として寛政の改革を行った松平定信の墓をはじめ、今治藩主松平家や膳所藩主本多家など大名の墓が多く存在する。また、境内には江戸六地蔵の第五番(水戸街道)が安置されている。幕末江戸の7大火葬場(荼毘所)のひとつ、境内除地に火屋があり火葬執行の責任者が置かれていた。
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この日はお彼岸のため、境内に家族連れが多かった。
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江戸六地蔵
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これで、歴史クラブLグループの企画で、品川を歩いた時に東海道の「品川寺・六地蔵」、都電荒川線を巡って歩いた時に、「中山道の真性寺・六地蔵」に参っているので、今日永代寺に続きここ霊厳寺に参ったので、これで4つクリアとなりました。

松平定信の墓地は広くて立派でした。
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その近くには、徳川譜代の重臣の墓が並んでいた。
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これは本多家の墓
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霊厳寺から出る時に呑龍上人の碑に気付いた。
子育て呑竜の異名で有名で、川越の蓮馨寺に呑龍堂があり、なじみの名だ。
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昼食をこの近くの店で、深川めしを食べてもらった。
この日の参加者は32名だったので、ちょっとギュウギュウ詰めで気の毒だったが、深川めしには喜んでもらえた。


それから小名木川沿いに西に歩いていき萬年橋に出た。

【萬年橋】

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萬年橋が架橋された年代は定かではないが延宝8年(1680年)の江戸地図には「元番所のはし」として当所に橋の記載がある。江戸時代初期、この橋のすぐ北側に小名木川を航行する船荷を取り締まるために「川船番所」が置かれていたものの、この番所は明暦の大火後の江戸市街地の整備拡大に伴い、寛文元年(1661年)に中川口へと移されたため、付近が「元番所」と呼ばれていたことに由来する。慶賀名と考えられる「萬年橋」という呼称となった時期などは不明である。

小名木川は江戸市内へ行徳の塩や、近郊農村で採れた野菜、米などを船で運び込むための運河であり、架けられた橋はいずれも船の航行を妨げないように橋脚を高くしていたが、萬年橋は中でも特に大きく高く虹型に架けられていたことから、その優美な姿を愛された。葛飾北斎は富嶽三十六景の中で「深川萬年橋下」として、歌川広重は名所江戸百景の中で「深川萬年橋」として取り上げた。

橋からの小名木川、大川の眺め。
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「富嶽三十六景 深川万年橋下」葛飾北斎
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川船番所跡の説明
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【芭蕉稲荷】
大正六年津波来襲のあと芭蕉が愛好したといわれる石造の蛙が発見され、「芭蕉庵」跡と分かり、地元の人々の尽力によりここに芭蕉稲荷を祀り、同十年東京府が旧跡に指定した。
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「芭蕉庵跡」の碑
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古い木の株に句が。
「さまざまの ことおもいだす 桜かな」
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【芭蕉庵史跡展望庭園】
隅田川と小名木川に隣接し、四季折々の水辺の風景が楽しめます。庭内には芭蕉翁像や芭蕉庵のレリーフを配し、往時を偲ぶことができます。

どこに芭蕉が居る?
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芭蕉翁像
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洒落た浮世絵のレリーフ。
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芭蕉庵のレリーフ
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この日は祝日なので隅田川の遊覧船が多かった。
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【芭蕉記念館】
小さいが庭園があり、 芭蕉の俳句にちなんだ花や草木、池、滝が施され、芭蕉が詠んだであろう自然を感じることができる。当時の芭蕉庵を模した茅葺き屋根のほこらや芭蕉の句碑がある。また、館内には展示室、図書室がある。
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入って、芭蕉についてのビデオを皆で見ました。

二階の展示室に、「石の蛙」は展示されていました。
もちろん撮影禁止なので、購入した絵葉書で。
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庭園内には句碑が三つありました。
まず「草の戸も住み替わる代ぞひなの家」
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このように、樹に沢山の句が吊られていた。
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築山を上がっていくと、芭蕉庵を模したほこらがありました。
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その中に、芭蕉翁の像が。
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そのかたわらに「川上とこの川下や月の友」(逆光がひどくて、よく撮れなかった)
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【隅田川テラス】
そこから外に出ると、奥の細道を表現した銅のレリーフが並んでいました。
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隅田川テラスに出ました。
新大橋までの間にこのような句碑が8つ立っています。
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だいぶ新大橋が近くなってきました。
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新大橋です。
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初に新大橋が架橋されたのは、元禄6年12月7日(1694年1月4日)である、隅田川3番目の橋で、「大橋」とよばれた両国橋に続く橋として「新大橋」と名づけられた。江戸幕府5代将軍・徳川綱吉の生母・桂昌院が、橋が少なく不便を強いられていた江戸市民のために、架橋を将軍に勧めたと伝えられている。当時の橋は現在の位置よりも下流側であり、西岸の水戸藩御用邸の敷地と、東岸の幕府御用船の係留地をそれぞれ埋め立てて橋詰とした。

橋が完成していく様子を、当時東岸の深川に芭蕉庵を構えていた松尾芭蕉が句に詠んでいます。
「初雪やかけかかりたる橋の上」
「ありがたやいただいて踏むはしの霜」

最後に、地下鉄「森下」駅近くの長慶寺に向かいます。
地下鉄「森下」駅入り口を通り過ぎます。
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【芭蕉時雨塚】
松尾芭蕉は元禄7年(1694)10月12日、大阪で亡くなりましたが、遺言により、大津の義仲寺に葬られました。
江戸蕉門の杉風、其角、嵐雪、史邦達は、亡師を偲び、芭蕉の落歯と芭蕉自筆の「世にぶるもさらに宗舐のやどり哉」の短冊を長慶寺(寛永7年創立)境内に埋め、塚を築きました。この塚が芭蕉時雨塚です。
しかし大正12年の関東大震災後、滅失し、現在のものは、当時のものではありません。

長慶寺
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真ん中が現在の時雨塚碑。右側の碑は「其角墓」とあります。
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これで、本日の芭蕉ゆかりの深川散策は終了。
さきほどの地下鉄「森下」駅から帰途につきました。

(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

清澄庭園は四季歩さん達が行かれた2日前の9/21(日)に、彼岸花の撮影を目的に行きましたが、1ヶ所、庭師の人達が仕事をしている最中で、通行止めになっていて入れなかったのが残念でした。

都内でも鷺は結構、見るようになりましたね。昨日、行った浜離宮恩賜庭園にも1羽いました。

江戸六地蔵、残りは浅草と新宿ですか。両方とも、行きやすい場所ですので、楽勝ですね。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
新宿は11月の行事のときに、ついでに回ります。
浅草は、今年度は行事が組み込まれていないので、
来年度にあの辺の行事を企画するつもりでいます。
私一人なら、すぐに楽勝ですが、皆さんに行ってもらわないと、
いけないので。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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