五浦(いずら)六角堂

20141002

所在地:茨城県北茨城市大津町五浦727-2

26日の「関八州式内社めぐり」で、佐波波地祇神社のあとに、幹事さんの計らいでここに立ち寄りました。
岡倉天心の愛した景勝地です。明治36年人里離れた五浦を訪れた天心は、太平洋を望む大小の入江からなる風光明楯で変化に富む景観に魅了され、早速広大な土地と家屋を購入し別荘としました。それから2年後の同38年本格的に母屋を新築し、住居の東側の崖の上に朱塗りの六角堂(観潮亭)を建てるなど住まいを拡張するとともに、以後この五浦を本拠地と定めました。
以後、天心はアメリカのボストンと田本の五浦を往復する生活を送ります。
この時、天心に従い家族ともども五浦に移り住んだのが横山大観、下村観山、菱田春草、木村武山でした。

登録有形文化財の「長屋門」から入ります。
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中に入ると松の林と海に目を奪われる。
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天心記念館
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中には、6月の「谷根千散歩」で谷中を歩いた時に「岡倉天心記念公園」で見た天心の像、同じものがあった。
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釣りを楽しむ天心の像
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ウォーナー像
天心の教えを受けた美術史家ラングドン・ウォーナーは、第二次大戦中、爆撃対象から奈良、京都などの都市を外す文化財リストをアメリカ政府に提出した。
その功績を讃えようと、各方面からの寄付によって建てられた。
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六角堂のある岬に出た。
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 太平洋に臨む岸壁の上に立つ、天心遺跡のシンボルです。
建築には三つの意図が込められているといわれています。まず、杜甫の草堂である六角亭子の構造。つぎに、朱塗りの外壁と屋根の上の如意宝珠は仏堂の装い。そして内部に床の間と炉を備えた茶室としての役割。つまり六角堂には、中国、インド、日本といったアジアの伝統思想が、ひとつの建物全体で表現されているのです。東月本大震災の津波により流失、国の復旧予算に加え、多くの方々の寄付金によって、一年後の平成二十四年に創建当初の姿で再建されました。

六角堂の内部
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六角堂からの景観は、実に素晴らしかった。
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天心邸の前には、東月本大震災の津波による被害の様子がパネルで説明されていました。
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天心邸
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内部
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縁側に、2013年11月に公開された映画「天心」に出演したキャストのサインが大木の断面にしてあった。
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岡倉天心については、経歴は省略しますが、私は歴史ファンで美術が好きな人間なので、天心の功績には深い感謝の念があります。

古美術の保存、保護に尽力した天心:
文明開化と言う時代風潮の中、明治初めの新政府の神仏分離令によって、廃仏棄釈が盛んになり、仏像等の美術品が破壊され、また海外に流失していきました。近畿地方の古社寺を訪れ調査をする中で、古美術に対する造詣を深めていった天心は、そうした日本美術の行く末を憂い古美術の保護に強い関心を持つようになっていきます。
特に、明治17年(1884年)法隆寺夢殿を寺僧の反対を押し切って開扉し、秘仏であった、救世観音像をアーネスト・フェノロサと共に拝した時の驚きと感動を「-生の最快事なりと言うべし」と熱く語っています。明治19年(1886)天心が文部省の命により、奈良地方の古社寺調査をまとめた報告書「美術保存二付意見」は、文化保存について最も早く適切な提案をしたものとして今でも高く評価されています。明治22年(1889)、天心は帝国博物館理事及び美術部長に就任し、全国的な文化財調査、保護活動を本格的に推し進めました。帝国博物館の行った彫刻、古画の模写、模造事業をその後東京美術学校が担当し、それに大観ら生徒達が参加しています。更に天心は日本美術院でも、奈良を本拠地とした国宝修理部門を設け、新納忠之助(にいろ・ちゅうのすけ)らを彫刻の修理や復元事業に当たらせました。天心の発案した「現状維持修理」は、今日の古美術保存の最も適切な修理法として採用されています。
亡くなる直前まで、病気を押して古社寺保存会に出席し、法隆寺壁画保存の建議書を文部省に提出するなど、晩年まで天心の文化財保護に関する情熱は変わりませんでした。このような天心の文化財保護に関する綿密な調査活動と優れた見識は、明治30年(1897)公布された「古社寺保存法」に反映されています。天心の古美術保存の精神は、昭和4年(1929)の「国宝保存法」、さらに昭和25年(1960)の「文化財保護法」制定へと受け継がれ、今日の文化財保護の礎になっています。

石碑「亜細亜ハ一な里(アジアはひとつなり)
 「ASiA is one」天心がインドで書いた『東洋の理想』冒頭の一文です。インド、中国、日本など、それぞれ異なる個性を持つ国々が、目に見えない「アジア」というひとつの概念を支えていることを示したものです。西洋文化に対抗しうる東洋文化への思いが込められています。石碑は昭和十七年、細川家当主・細川護立、横山大観、資生堂社長・福原信三ら天心偉績顕彰会のメンバーにょって建立されました。太平洋戦争時に海外侵略を正当化するフレーズとして捉えられたことは残念な誤解といえます。
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天心邸の前の芝生と松。
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坂を上がって、見下ろす。
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北茨城市指定文化財「岡倉天心墓地」
大正2年9月2日、天心は新潟県妙高村赤倉温泉の山荘で50歳の生涯を閉じます。遺骨は、東京染井墓地に納められました。その後、遺言に従い分骨され、遺族の手で五浦旧邸の-角に土を盛って造られたお墓に埋葬されました。
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「黄門の井戸」
岡倉天心墓地の近くにありました。
元禄年間、徳川光圀公が領内巡視でこの地を訪れた際、のどの渇きを覚え、井戸は無いかと供の者が探し回り、古井戸を発見した。ただし水は底深く飲むことが出来ず、光圀公が井戸を覗き見たときに杖が井戸の淵にあたり、水がコンコンと湧き出した、と書いてあった。
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その近くの、小道の入り口に珍しいものを見つけた。
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「六道能化」と書いたものは、長野県の私の両親の墓の入り口に立ててあるのをよく目にするが、それと一緒に立っているものが珍しかった。
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「六道能化(ろくどう‐のうげ)」は仏語で、六道の巷(ちまた)に現れて、衆生を教化し救う地蔵菩薩のこと。
扇のように綴られた札は、調べてみたら「普賢菩薩・文殊菩薩・薬師菩薩・弥勒菩薩・大日如来菩薩・・・・」と菩薩や観音さまの名が書いてあるものでした。
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

私は行ったことはありませんが、五浦、いい所ですね! 特に、六角堂からの海の景色が素晴らしいです。行きたくなりました。

六角堂、再建されたのですね。形から言うと、夢殿を真似たのでしょうね。フェノッサだったかの手記?を読んだことがありますが、秘仏の百済観音は包帯みたいな布で巻かれていて、それを外すのが大変だったと言う話でした。その時、法隆寺の坊さん達は、みんな逃げ出していたそうです。でも、この頃は廃仏毀釈で法隆寺もかなり荒れていたのではと思います。

それにしても、天心、50歳で亡くなったのですか! 明治・大正の平均寿命はどの位か知りませんが、おそらく、60歳位だったろうと思いますので、やはり、早死にし過ぎと言う感じがします。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
とてもいいところですよ。
matsumoさんも、きっと気に入ると思います。

岡倉天心はすごい人物だと思います。
あの時代にボストンと日本を行き来していたのですから、
身体が持ちませんよね。
相当な無理をしていたと思います。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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