大黒天 (だいこくてん)/日本の神々の話

20141011

 稲荷信仰と同様に、豊作を司る神としての田の神信仰がある。この田の神に置き替えて信仰されるものに、恵比寿神と大黒天がある。主として、恵比寿神は東日本、大黒天は西南日本に多い。特に九州や四国では、田の水口などに田の神として祀った大黒天の小さな石像を見かける。

 大黒天は七福神の一つで、福徳や財宝を与える神として、広く信仰されてきた。
 その像の多くは、狩衣のような腹を着て、円形の低いくくり頭巾をかぶり、左肩には大きな袋を背負い、右手に打出の小槌を持ち、米俵二俵の上に立つものである。大黒天は日本に入って、大国主命を本地とする説が行われ、甲子の日をその祭日とする甲子祭りが行われ、この日には、炒豆や二股大根を供える習慣があった。

 そもそも大黒天は、梵語の摩珂迦羅(まはあかあら)の訳で、大黒天神という仏神である。大日経疏」第十、茶吉尼(だきに)の真言によれば、仏陀が茶吉尼を除こうと大黒天をつくり、その調伏を命じた。大黒天は茶吉尼天を呼んで叱り、「お前は人を食う。だから自分もお前を食ってやる」と言い、茶吉尼天を呑み込んでしまった。茶吉尼は恐れ入って、すぐさま降伏した。以来、茶吉尼天は人はもちろんのこと、一切の肉をロにしなくなったという。
 このように、大黒天は仏陀の化身であると考えられてきた。そして、茶吉尼天を降伏させるほどの力を持つ憤怒神でもあったのである。『大孔雀明王経』のなかに、「大黒天神は戦闘の神」と説かれている。
 さらに大黒天は「灰を以て身に塗り、境野の中に在って茶吉尼を待つ」と『大日経疏』にあることや、「諸の鬼神無量の眷属とともに常に夜間に於て林中に遊行す……」と『大孔雀明王経』に説かれているのを見ると、暗夜神すなわち黒闇天と同じであるとする説もある。

 大黒天の解釈・信仰の広がりにもう一つの流れがある。それは中国南方の諸寺の厨に、食厨の神として祀られている大黒天である。この大黒天を、遣唐留学僧だった最澄(後に伝教大師と呼ばれる)が持ち帰り、比叡山延暦寺に祀った。これが、天台宗系の諸寺院に広まり、庫裏に神王の形で袋を持つ像を安置する風が生じた。
 このように、種々の流れと性格を持つ大黒天であるために、その像容もさまざまである。座像で剣を持つもの、金嚢を肩にした立像、金嚢を左手に持つ半跳の像などがある。

 このほかに、三面大黒天像というのもある。これは正面は大黒(烏帽子形)左右は毘沙門・弁天(ともに宝冠形)を一体の像にまとめ、左前手に宝珠、右前手に剣、左第二手に鑰(やく、笛)、右第二手に棒、左第三手に鎌、右第三手に三叉戟を持ち、俵二俵の上に立つものである。これを略して、初めに記したように、顔だけ大黒・毘沙門・弁天の三神を刻み、打出の小槌を持つ二手だけの像が一般に普及した像である。「鋸屑譚」に、「日蓮上人三面大黒天の讃文云、甲子の日毎に生黒豆粒をもって祭るべし、是秘中の秘」とあり、甲子の日を大黒天の祭日として炒豆や二股大根を上げたり、茶飯を炊いて供える風もある。これは、日蓮宗系の加持祈祷師や陰陽師が関与して広まったものであろう。

 そのほかに、大黒天の信仰を民間に流布した人々をあげなければならない。陰陽師の流れをくみ、大黒舞い(恵比寿神を奉ずる恵比寿舞いもあった)を行いながら全国各地を歩いた出雲大社の下級神人と称した者たちや、京都悲田院の四ケ寺に所属する垣戸(かいと、下級神人)が、大黒天の姿を模して面を被り、頭巾をつけて、正月に門口を訪れ、祝詞を述べ、米や銭を乞い、お札を配って全国各地を巡っていた。

 大黒と大国の字音が同一であることから、出雲神話の大国主命と習合されて、民間信仰としての基盤ができあがり、インドや南中国の諸寺院で祀っていた大黒天とはすっかり違った、日本的な大黒天が創り上げられていった。
 大黒天はよく「恵比寿・大黒」と並称され、七福神(この二神のほかに、毘沙門・弁天・福禄寿・寿老人・布袋和尚がある)として、また農耕神として広く民間に信仰されてきた。また江戸浅草の歳の市には、恵比寿・大黒の像を売る店が多く出て、この店の大黒天の像を盗むと翌年の運が開けるという俗信もあり、「大黒は盗んで罰にならぬもの」という古川柳さえあるくらいである。

私は七福神めぐりをしているので、大黒天の写真は溜まっている。
深川七福神/円珠院には二体の大黒天がある。
木造大黒天
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破顔大黒天(石造)
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山手七福神/大円寺の大黒天
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日本橋七福神/松嶋神社(大鳥神社)の大黒天
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川越七福神/喜多院の大黒天
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狭山市の広福寺には、珍しい「三面大黒天椅像」というのがある。基本的には文中にあった三面(大黒・毘沙門・弁天)六臂であり、椅子に腰かけた像。
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

なるほど、大黒天ってそのような歴史があるのですか。七福神の大黒天しか知らない私には意外でした。

さて、三面大黒天ですが、下谷七福神の英信寺にあります。「英信寺 三面大黒天」でGoogleの画像検索をかけると幾つも写真が出てきます。

先日行った虎ノ門金刀比羅宮では、大黒の踊りの後、打出の小槌の中に入ったお菓子が撒かれました。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
下谷七福神の英信寺の情報、ありがとうございます。
下谷七福神も、廻りたいですね。
こういうメジャーなところはいいですね。
狭山市の三面大黒天は写真を入手するのに苦労しました。

また虎ノ門金刀比羅宮も行きたいのですが、ここの祭礼が
他のとぶつかって、まだ行けてません。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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