天志良波神社(延喜式内社)/茨城県常陸太田市

20141218

所在地:茨城県常陸太田市白羽町1670

この記事も写真は池田さん撮影です。
11月28日に歴史クラブの「関八州式内社めぐり」で「静神社」、「稲村神社」に続いて訪れました。
入り口の表示
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しばらく畑道を行くと、民家への入り口みたいになっている。宮司さんの家?
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入り口
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一の鳥居と社号標
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社号標は、「郷社」だけでなく「延喜式内」も埋められている。
式内社 常陸國久慈郡 天之志良波神社、旧郷社
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黄色い鳥居は珍しい。
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天志良波(あめのしらは)神社由緒:
 御祭神、天白羽命は天照大神天岩戸にかくれましゝ時、天太玉命に属し、麻で青和幣を作り、父神 天日鷲命は白和幣を作られた。弟神健葉槌命と共に麻を植え織物をされた。白羽は衣服の ことである。
一説に延暦14年坂上田村麿将軍東征の時、創建すと云ふも詳かでない。
天志良波神、又長白羽神(古語拾遺)
貞観8年5月27日正六位上天志良波神従五位下、同 16年12月29日従五位上の神階(三代実録)式内小社久慈郡七座の一、天文13年1 2月11日佐竹義篤社殿修営遷宮式あり。(棟札)元禄中水戸藩徳川光圀公の命で大聖院の社務をやめ神職の奉仕とす。享保12年9月徳川実公社殿の営修あり、神宝を献じ圭 田2石6斗3升7合を納る。天保15年斎昭の命により白羽、田渡、西宮、三才、小沢五 ヶ村の鎮守となる。
 明治4年4月1日郷社に列格、同6年4月村社となる。同44年6月12日(第300 号)供進指定。昭和27年6月16日宗教法人設立。
-『平成祭データ』-

参道
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まず石段があるが、その下右に「女人講」の石碑が倒れたままになっている。東日本大震災の際であろうか。
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嘉永6年といえば、ペルリ来航の年である。
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けっこう急な石段
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石段を登ると踊り場がある。
手水舎
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境内社と納札所
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そこから石段を上がると拝殿。宮司さんが案内してくれた。
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拝殿の中に入れていただいた。
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神額
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奉納額
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奉納絵馬
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これは、着ているものに菊水の模様があるので、「桜井の別れ」でしょう。
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御祭神は天白羽命(天之志良波神 長白羽神)

本殿
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神紋は「三つ葉葵」です。

社殿右の山腹にある三峰神社。日の出の遥拝所とのこと。
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

黄色い鳥居、私も見たことはありませんが、インターネットで検索をかけると、印象が強いためか、結構、あるようですね。その理由は五行説なんて上げる人もいるようですが、マユツバに思いました。

白木の鳥居って、結構、ありますよね。それだと、次第に汚くなるので、木に似た色と言うことで、黄色にしたような気がします。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
お宮を維持するのも大変ですよね。
お寺みたいに檀家が無いですからね。
有名なお宮で、お宮自身で稼いでいるところはいいですが。
いざ鳥居を建てるとなったら、大変です。
このあいだも、ペンキを塗ってあるのを見ました。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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