蠅伊呂泥(はえいろね)/日本の神々の話

20141220

蠅とか泥とか入った名前で、なんじゃこれ、と思うが、有名な大物主伝説に登場する「百襲姫」の母親である。

古事記には意富夜麻登玖邇阿礼比売(おおやまとくにあれひめの)命の名で登場するが、「夜麻登登母母曽毘売(やまととももそびめ)」を生んだ、と書かれているだけである。

淡路之御井宮におられた和知都美(わちつみの)命の娘という。妹に蠅伊呂杼(はえいろと)がいる。

『日本書紀』では倭国香媛(やまとのくにかひめ)とされる人物で、またの名を絙某姉(はえいろね)とする。
七代孝霊の妃となって倭途途日百襲媛(やまとととひももそひめ)を生んだとされる。
百襲姫は大物主神(三輪山の神、大神神社祭神)の妻となった姫である。
これによると、百襲姫は大物主神の妻となったが、大物主神は夜にしかやって来ず昼に姿は見せなかった。百襲姫が明朝に姿を見たいと願うと、翌朝大物主神は櫛笥の中に小蛇の姿で現れたが、百襲姫が驚き叫んだため大物主神は恥じて御諸山(三輪山)に登ってしまった。百襲姫はこれを後悔し、腰を落とした際に箸が陰部を突いたため死んでしまい、大市に葬られた。
時の人はこの墓を「箸墓」と呼び、昼は人が墓を作り、夜は神が作ったといい、また墓には大坂山(現・奈良県香芝市西部の丘陵)の石が築造のため運ばれたという。

この有名な「大物主伝説」は古事記でも語られているが、古事記でのヒロインは「活玉依毘売(いくたまよりびめ)であり、話も異なる。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

箸墓古墳は日本書紀にも古事記にも載っていると言うのに、卑弥呼の墓説がある所ですね。

それにしても、古事記も日本書記も、それ以前にあった日本旧紀や豪族達が作った歴史書を元に書いたのでしょうが、両方とも、一応、朝廷に関係ある人達が書いたと言うのに、結構、異なる場所があるのは不思議ですね。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
本当に、日本書紀と古事記とでは、違いますね。
神とか人物の名前まで違っていますからね。
編纂する人間によってこんなに違うということは、
あの当時は、まだ十分に天皇の力が強くなかったのでしょうか。
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