長幡部(ながはたべ)神社(延喜式内社)/茨城県常陸太田市

20141224

所在地:茨城県常陸太田市幡町字明神森539番地

11月28日の「関八州式内社めぐり」で「薩都神社」に続き参拝しました。
今回も写真は池田さんが撮ってきてくれたものです。

参道入り口
ここは街道の辻になっています。
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馬頭観音三基、地蔵一基がありました。
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安永6年(1777)造立馬頭観音の台座が道標になっている。
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「北二十八社長幡神社 東真弓山佐波波」
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大正5年に馬車組合が造立した馬頭観音
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しばらく民家の中の参道です。
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やがて切り通しの中の参道。いいですね。
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一の鳥居と社号標のところに来ましたが、社号標は倒れています。
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一の鳥居の上部がありません。
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近くに鳥居の上部とか社額がありました。
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まだ大震災の被害が残っています。

式内社 常陸國久慈郡 長幡部神社、旧郷社

社名にある「長幡」とは絹織物の一種・絁(あしぎぬ)を指す言葉で、「長幡部」とはそれを織る技術者集団を表す。文献上の長幡部氏には、皇別氏族と渡来系氏族が見られる。
『新撰姓氏録』逸文の阿智王条では、長幡部の祖は帰化した「七姓漢人」のうち皀(こう)姓で、末裔に佐波多村主(さはたのすぐり)がいると記す。また『古事記』開化天皇段によれば、日子坐王(開化天皇第3皇子)の子・神大根王(かむおおねのきみ)が長幡部の祖とし、美濃の本巣国造と同族であるという。

創建について、「常陸国風土記」によると、天照大神の孫の「珠売美万命(すめみまのみこと〉」が筑紫の日向(高天原、高千穂)に降臨した際に、衣服を織る目的で「綺日女命(かむはたひめのみこと)」が機織り機を持参して同行した。その後、「綺日女命」は日向から三野国(現:美濃市)に到った由。
そして崇神天皇の代に、その子孫にして、長峰部の遠縁にあたる「多弖命(たてのみこと)」が美濃から常陸国の久慈に遷り、機屋を建てて初めて布(長幡)を織ったと伝える。この織物はつわものの剣でも裁ち切る事が出来ないほど丈夫な織物であったという。後世になって、ここで織られた布は名声高き「結城紬」を始め、織物の原点にもなった由。それ故、機業の祖神と仰がれた。
そういう事から、祭神の子孫が遠い祖先である「綺日女命(かむはたひめのみこと)」と「多弖命(たてのみこと))」を祀ったのが「長幡部神社」となったという。
そして延書の時代に常陸国二十八社中、久慈郡七社の-つとして式内社に列せられたという。

社号の変遷:
奈良時代初期の和銅了年(了13)に編纂された「常陸国風土記」には「長幡部之社」と記されている。その後、源頼義が奥州征伐(1060)戦勝を祈願、勝利凱旋後、社地に鹿島・三島・神明・若宮の「四所明神」を勧請したという。この「四所明神」ガ盛大になって「長幡部神社」の社号を失い、その後、単に「鹿島明神」とのみ称するようになったと伝える。中世以降は「小幡足明神」、「駒形神社」と称し、延亨年間(1744-1748)に到り、古老の言により元の社号「長幡部神社」に戻ったという。

二の鳥居(両部鳥居)
注連縄が普通ですね。
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手水舎
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石段を上がると社殿です。
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先に資料館をのぞきます。
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機織り機、神輿、纏いなどが置かれている。
機織り機があるのが、このお宮らしいです。
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拝殿
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注連縄ですが、鳥居は普通の結びでしたが、拝殿では二本の注連縄の本を中央で合わせています。
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これは前の「薩都神社」と同じ。
その前の天之志良波神社は三つの波型でした。「稲村神社」は普通の左末右本。「静神社」は細くたるませた前垂れ。
こうして振り返ってみると、この辺では注連縄のバリエーションが豊富です。

社額
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本殿
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本殿は神明造の屋根に銅板を葺いて、むりやり流造風にしている。
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神紋は「右三つ巴」
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境内社ですが、それぞれに社名札がついていて助かりました。

松尾神社
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石尊神社
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天満宮
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阿天利神社と稲荷神社
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稲荷神社
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熊野神社
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愛宕神社
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浅間神社と羽黒神社
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鷺森(さぎのもり)神社
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雷(いかづち)神社
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

馬頭観音は文字だけのものより、やはり、像が彫ってある方がいいですよね。

ここの切り通しはすごいですね。ううん、掘らなくても、そのまま、山道みたいな感じでも良かったのではと思いますが、もしかして、歩いている内に、次第に溝が深くなってしまったのでしょうか。時々、山道を歩いていると、そう言う感じの所がありますし。

境内社はここのように、名札を付けて欲しいですね。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
こうやって、いろいろなお宮さんにおまいりしていると、
本当に千差万別ですね。
参拝が盛んで、きれいに整備されているのもよし。
人里離れたところで、鄙びたところもよし。
ですね。
境内社にきちんと表示されていると、ちゃんと
管理されているんだな、と嬉しくなります。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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