飽咋之宇斯能神(あきぐいのうしのかみ) /日本の神々の話

20141226

伊邪那美命を追いかけて行った黄泉の国から帰ってきた伊邪那岐命は禊祓をします。
古事記の現代語訳:
 このようなわけで、伊邪那岐大神が仰せられるには、「私は、なんといやな穢らわしい、きたない国に行っていたことだろう。だから、私は身体を清める禊をしよう」と仰せられ、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原においでになって、禊ぎ祓えをなさった。
 それで、まず投げ捨てた御杖から成った神の名は、衝立船戸神である。次に投げ捨てた御帯から成った神の名は、道之長乳齒神である。次に投げ捨てた御袋から成った神の名は、時量師神である。次に投げ捨てた御衣から成った神の名は、和豆良比能宇斯能神である。次に投げ捨てた御袴から成った神の名は、道俣神である。次に投げ捨てた御冠から成った神の名は飽咋之宇斯能神である。次に投げ捨てた左の御手の腕輪から成った神の名は、奥疎神、次に奥津那芸佐毘古神、次に奥津甲斐弁羅神である。次に投げ捨てた右の御手の腕輪から成った神の名は、辺疎神、次に辺津那芸佐毘古神、次に辺津甲斐弁羅神である。

このように、禊ぎ祓えのときに投げ捨てた冠から現れた神の名が、飽咋之宇斯能神です。

『日本の神様読み解き事典』では、「化生する冠はカガフル(被ふる)の名詞形であり、したがって飽咋之宇斯能神の神名は、冠の口が開いていることからアキグイの名があらわれたものである。アキは穢の明けと引っ掛けたものと考えられる。」としている。

他にこういう説がある。
・食糧を心配する神
・口を開けて穢れを食う神
・秋祭りの「あき」は、「飽食(あきぐい)のまつり」を省略した語といわれ、古くはアキグイノウシノカミ・ハヤアキツヒメをおまつりする、飽食の意味をもった祭りだった。つまりイネの収穫を神に存分に食していただき、同時に人間も食して満腹の喜びにひたるという収穫祭のひとつであった。


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