高麗川駅から高麗神社

20141227

12月17日(水)に、歴史クラブ行事で訪ねました。狭山市の半分ほどを占める旧高麗郡が2016年に建郡1300年を迎えるということで、歴史クラブの中でも大きなテーマとなっています。

スタートは高麗川駅です。
駅前に、「高林謙三生誕の地」という碑がありました。
昭和56年に、埼玉県茶業組合と日高町が建てたものです。
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高林謙三氏の業績は、以前拙ブログで「狭山茶の話」という記事で取り上げていますので、それを読んでください。

その記事を読む


【四本木の板石塔婆】
所在地:日高市大字原宿103
日高市指定文化財。正和3年(1314)造立、高さ266cm、幅67cmと市内最大のもの。
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現地は、中央にお地蔵様、右に板石塔婆、左に出羽三山参拝記念碑があります。
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○板石塔婆
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帰ってから、池田さんが説明書きにあった「武藏野話」についての情報をメールしてくれました。
齋藤鶴磯著「武藏野話」の刊行は、前編が文化12年(1815)、続編は文政11年(1828)です。
地誌の先駆けとなるものですね。
面白そうなので、さっそくアマゾンで購入しました。
私が手に入れたのは、三度目の複刊(昭和44年)のものです。
ちなみに3000円で購入しましたが、池田さんに言うと「500円くらいで購入しなければ」と言われてしまった(笑)
たしかに彼に教わった古書購入サイトでは、1000円くらいで購入できる(汗)
ただ、これで古書購入に便利なサイトを教わったので、嬉しい。

その本の150頁に「高麗郡新堀村」で、載っています。
江戸時代では、青石塔婆を「青石の石碑(いしぶみ)」と言っていたことがわかります。
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○中央のお地蔵様
昭和25年造立、左に「護国生魂地蔵尊」、右に「国家犠牲者為追善供養」とあります。
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○出羽三山参拝記念碑
大正15年造立
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【奉修薬師堂尊】
所在地:日高市新堀
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右に薬師如来、左に十一面観音が鎮座。
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傍らに、沢山の穴の開いた石が奉納されている。
これは、狭山市徳林寺境内地蔵堂にも同様の石が、耳が聞こえるようにとの願いで奉納されている。
おそらく、ここでも同じ願いではないかと思う。
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【熊野神社】
所在地:日高市新堀387
この地を開発した紀州熊野出身の新堀家の氏神とのこと。
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扁額は手書きの紙に書かれたもの。
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拝殿内部
本殿は三社並んでいます。
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ネットで調べると、ご祭神について書かれたものによると、
伊邪奈美命、速玉男命、事解之男命、天王様となっています。

紀州熊野出身の新堀家の氏神ということなので、熊野三山で間違いないですね。
その上で整理すると、熊野三山とは熊野本宮大社と熊野速玉大社、熊野那智大社を総称したものです。
熊野本宮大社は素戔嗚尊とされる家津美御子大神を、熊野速玉大社は伊弉諾尊とされる熊野速玉大神を、熊野那智大社は伊弉冉尊とされる熊野夫須美大神を主祭神としてお祀りしています。

よって、伊弉冉尊はそのまま。
速玉男命と事解之男命ですが、この両者はどういう関係かというと、
死んで黄泉国にいかれた伊弉冉尊を、伊弉諾命が追っていったところ、 すでに伊弉冉尊の遺体は腐ってうじがたかり、遺体の各部に八雷神が生まれていた。
『古事記』や『日本書紀』本文では、伊弉諾命は慌てて逃げ帰ったと記されているが、 一書には、穏やかに「もう縁を切りましょう」と言い、「お前には負けないつもりだ」と言って唾を吐いた。 その唾から生まれた神が速玉男命。次に掃きはらって生まれた神が泉津事解之男(事解之男命)。
なので、この両者はペアで一つとする。
天王様は、素戔嗚尊ということになります。

境内社の稲荷神社
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手書きの絵馬ですが、書かれた狐が可愛い。
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高麗川のところまで来ると、牧場があっていい眺めです。
しかし良く見ると、この牧場既に廃業したみたいです。残念ですね。
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【出世橋】
縁起のいい名前の橋を渡ります。
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【高麗神社入り口石仏群】
高麗神社入り口の食堂の横に、4基の石造物がありました。
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○馬頭観音
寛政8年(1796)造立
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○供養塔
「念仏一百万遍永願二世成道」と彫ってある。
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○馬頭観音
明治14年造立
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いよいよ、「高麗神社」ですが、それは次回の記事とします。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

高さ3m弱の板碑ですが! いやあ、立派なものですね。惜しむらくは新しい民家がすぐ近くに建っていることです。本の絵のように田圃?の中に立っている方が遙かに素晴らしいと思います。まあ、家は建っていてもいいですが、せめて茅葺き屋根の家にして欲しいです。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
こういう石造物は、人間様の思惑で
しばしば移されてしまいますからね。
可哀想です。
石だから文句は言わないし(笑)

調べるほどに、けっこうありますね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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