聖天院・野々宮神社など

20141229

12月17日(水)の、歴史クラブ行事で高麗神社から聖天院に向かいました。

【聖天院】
大きなお寺です。
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やはり「チャンスン」が迎えています。
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山門前に高浜虚子の句碑がある。
「山寺は 新義直言 ほととぎす」
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山門
高欄親柱擬宝珠に天保3年(1832)の銘が刻まれていることから、この頃の建立と考えられる。
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右手に風神、左手に雷神の木造像が祀られている。
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「雷門」の大きな提灯が下がる。
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天井に鳳凰の絵がある。
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山門をくぐって右手に行くと、高麗王若光の墓があります。
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高麗王廟
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高麓王若光の墓。鎌倉時代の建立と伝えられる多層塔。
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「ここから有料」と書かれた石段の左右には六地蔵がある。
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石段の上の受付で、拝観料を払う。拝観料を取るのはこの辺では珍しい。
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受付のところに提げられていた、KBSがお土産に持ってきたらしいいかにも朝鮮風のお面。
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この左側のお面から、映画「ホタル」に出てきたお面を思い出した。
朝鮮出身の特攻隊員、金山少尉の形見の面である。帰ってから録画してあったのを見直したが、やはりそうだった。

本堂は、まだまだ上の方だ。
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石段を上がります。
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石段を上りきると仁王さんが迎えている。
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本堂
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真言宗智山派高麗山聖天院勝楽寺。
高麗王若光の菩提を弔うため、その侍念僧勝楽が天平勝宝3年(751)創建。高麗王若光の守護仏聖天像(歓喜天)を本尊としたと伝えられる。その後僧秀海が法相宗から真書宗に改めて中興、江戸時代には54ケ寺の末寺を擁し、15石の朱印状を拝領していた。
現在の本尊:不動明王

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境内からの眺めは素晴らしい。
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国指定重文の銅鐘があるというので、鐘楼に。
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高麗王若光の像があった。高麗神社の宮司さんと風貌が似ている。
「大澤社 新井家」所蔵の「高麗若王画福図」をもとに製作された、とのことです。(村越さん情報)
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鐘楼に下がっている鐘は元禄のものでした。
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これの鐘銘を解読したもの(池田さん提供)
フォントが「メイリア」でないと正しく出ないので、画像にしました。
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国指定重文の銅鐘(文応2年(1261)銘、物部季重作)は、本堂内左手奥にあったようです。
こちらの鐘銘(池田さん提供)
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在日韓民族無縁慰霊塔
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聖天院を出て、野々宮神社に至る獅子岩橋(プレートには「志ゝいわはし」)左岸辻路傍に馬頭観音三基他がありました。
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三面六臂合掌立像馬頭観音
左側面「寛政十午願主新井組中 九月九日」、右側面「橋建立供養」とあります。
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この「橋供養塔」ですが、この「橋」は「石橋」ではなく「木橋」です。
石橋以外の木橋や土橋供養は結構珍しいものです。
木橋や土橋の寿命はせいぜい20年程度ですから、なかなか供養の対象になりません。
この獅子岩橋が大きな木橋であったためのことだと思います。
念のため、武蔵国郡村誌および明治14年地図で確認しましたが、此辺りの新堀村、野々宮村、栗坪村の橋は全て「木橋」で「石橋」の記述や表示はありません。
川筋の地勢からして、当時では、石橋を懸けるのは無理でしょう。
(池田さん情報)

獅子岩橋から下流の眺め。
1基だけ残されている橋脚が見えます。
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野々宮神社の前に、野々宮神社宮司代々の墓地に立ち寄りました。
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寛政6年(1794)のお墓
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【野々宮神社】
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野々宮神社は、祭神に天照大神、瓊々杵尊、猿田彦命、倭姫命を祀っている。創立年代は不詳であるが、社家の古文書によると大宝3年(703)社殿修築という記述があって、口碑、伝説などがら推察するとがなりの古社と考えられる。慶安2年(1649)徳川家光から賜わった社領4石5斗の安堵状なども保存されている。野々宮神社は関東地方では珍しく、狭山市に一社あるほかは近隣にはない。祭神や高麗川のほとりにあることや、拝殿内の絵馬に、奉献「太祓一万度」とあるところなどから、潔斎の宮・お祓いの神であり、京都嵯峨か紫野の野宮の分祠と考えられる。
例大祭は、毎年十月九日で、この際奉納される獅子舞は近隣のものに比へて勇壮で美しく、特に蛇をのむくだりは、他に例を見ないものである。(日高市掲示より)

手水舎
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拝殿
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通常社額であるところに、手彫りの神紋が掲げられていた。
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拝殿内部
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ご祭神は天照大神、瓊々杵尊、猿田彦命、倭姫命。


掲示説明にあった絵馬
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「奉献 太祓一万度」とある。
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絵が素晴らしい。「天の岩戸」の場面。
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境内社
「特潜神社」とある。
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刀が供えられている。
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帰ってから調べてみると、どうも潜特型(せんとくがた)潜水艦関係者が戦時中亡くなった仲間を弔ったお宮ではないかと思った。それ以外該当するのは無さそうなので。
これは、あくまで推定である。
伊四〇〇型潜水艦(いよんひゃくがたせんすいかん)は、太平洋戦争中の大日本帝国海軍の潜水艦の艦級。正式には伊號第四百型潜水艦(いごうだいよんひゃくがたせんすいかん)。別名潜特型(せんとくがた)とも呼ばれる。
3機の特殊攻撃機『晴嵐』が搭載可能であり、潜水空母(せんすいくうぼ)とも俗称される。
飛行機を三基搭載なんて、そんな巨大な潜水艦・・・・・のけぞってしまった。
全長が122m、全幅12mである。
第二次世界大戦中に就航した潜水艦の中で最大であり、通常動力型潜水艦としては、2012年に竣工した中国海軍の032型潜水艦(水上排水量3,797t、水中排水量6,628t)に抜かれるまでは世界最大であった。全長はアメリカ海軍のガトー級を27メートル上回る。理論的には、地球を一周半航行可能という長大な航続距離を誇り、日本の内地から地球上のどこへでも任意に攻撃を行い、そのまま日本へ帰投可能であった。大柄な船体(排水量3,350tは軽巡洋艦夕張と比較してなお大きい)を持つが水中性能は良好であった。急速潜航に要する時間は1分である。
同型艦3隻が就航したが、いずれも具体的な戦果をあげる前に終戦を迎え、連合国は日本の降伏までその存在さえ知らなかった。終戦直後にアメリカ軍が接収する際、その大きさにアメリカ軍士官が驚愕したという逸話が残っている。

巨大なのは戦艦大和だけではなかったのである。

「山神」社
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天保2年(1831年)に、江戸相撲歳寄行司兼木村庄之助正武により「土俵故実作法」にのっとって作られた奉納土俵。
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力石
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これで予定は全て終了し、高麗川駅に向かいます。

裏から入ったので、鳥居から抜けていきます。
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鳥居のところの案内標
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(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

ヘェーッ、奥武蔵に京都・嵯峨野にある野宮神社と同じ読み方の神社があるのかと思って、早速、奥武蔵の登山地図を調べたのですが載っておらず、結局、西武鉄道が駅で配布している「日和田山」のパンフレットを探して、ようやく、野々宮神社を見つけました。ううん、この辺り、一度も行ったことがない場所です。

伊號第四百型潜水艦、ううん、そんな大きな潜水艦があったのですか。小学生の頃、潜水艦の話なんて結構、読んだ記憶がありますが、そのような話は無かったと思います。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
野々宮神社、あまり見かけない珍しいお宮です。
倭姫を祭神にしているのも貴重です。

ものすごい潜水艦です。
検索すると色々な写真を見ることができますが、
その巨大さに吃驚しますね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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