日本橋木遣・はしご乗り&深川七福神

20150105

毎年正月4日は、日本橋で江戸火消しの木遣り・はしご乗りを楽しんでから、どこかの七福神めぐりをするというのが私の恒例になっていますが、今年は歴史クラブの行事となりました。

10時前に高島屋の前に行き、スタンバイ。
高島屋のウインドウの正月飾り、今年も立派なものです。
今年は川瀬巴水の作品ですね。
150105nenga01.jpg


150105nenga02.jpg


150105nenga03.jpg


150105nenga04.jpg


10時に高島屋が開店し、ほどなく江戸火消しの皆さんが木遣を唄いながら乗り込んできました。
ホールで「纏い振り」、木遣りを披露して、玄関前ではしご乗りを披露しました。

それをカメラの動画機能で撮影しようとしましたが、バッテリーのトラブル(汗)
このあいだの秩父夜祭のときにも動画を撮ろうとしたら、同様にバッテリートラブル。そのときは夜で戸外だったので低温によるトラブルかと思ったのですが、今回また起こったのでどうやらバッテリーが劣化していて、写真を撮ってるぶんにはまあまあ対応出来てるが、動画のように連続しての消化には耐えられないのかな、と判断しました。
新しいバッテリーを購入することにしました。

それで、ここでは昨年の正月に撮影した動画を見ていただきます。
玄関にやってくる方向とか、ホールの飾りなど異なりますが、楽しんでください。

江戸火消し「木遣り」を楽しむ


江戸火消し「はしご乗り」を楽しむ



そのあと、15分ほど時間をとって、ホールに展示してあるものを見たり、トイレ休憩です。
私は毎年ここで干支の置物を購入しているので、今年も未の置物を購入。

ホールのメインの飾りは、山本太郎作「紅白梅清涼飲料紋図」
150105nenga05.jpg


それから、重さ20Kgの「K24 特大慶長大判」。なんと価格が2億150万円!
150105nenga06.jpg



深川七福神めぐりのため、門前仲町に移動します。

【恵比須神/富岡八幡宮】
1624年(寛永4年)、長盛法師が神託により砂州であった当地を干拓し、永代島に八幡宮を建立したことが創建とされるが、横浜市の富岡八幡宮の八幡宮明細帳(1893年(明治26年))では、江戸時代初期に行なわれた深川の干拓が難航したため、波除八幡の異名をもつ富岡八幡宮を分霊したとの記録が残る。創建当時は「永代八幡」と呼ばれ、砂州の埋め立てにより60,508坪の社有地があった。
八幡大神を尊崇した徳川将軍家の保護を受け、庶民にも「深川の八幡様」として親しまれた。広く美麗な庭園は人気の名所であったという。なお、長盛法師は同じ地に別当寺院として永代寺も建立している。
当社の周囲には門前町(現在の門前仲町)が形成され、干拓地が沖合いに延びるにつれ商業地としても重要視された。

屋台が並び、大変な混雑です。
150105nenga07.jpg


恵比須さんの前に最初に行ったのが、境内にある「花本社」(松尾芭蕉が祭神)です。
 昨年の9月に「芭蕉ゆかりの深川」を催行しましたが、その際案内できなかったので、この機会に立ち寄りました。
寛政年間(1789~1800年)、当時の俳人有志により建立されました。「花本」は、西行の「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ」の歌にちなんだものといわれています。
天保14年(1843年)、芭蕉百五十回忌に田川鳳郎が二条家に請願し、芭蕉に「花本大明神」の号が贈られました。

場所は永昌五社稲荷の横です。
150105nenga08.jpg


ここに「聖徳太子社」、「野見宿祢社」などわりと珍しい境内社が並んでいます。
150105nenga09.jpg


そこの一番左の「祖霊社」に合祀されています。
150105nenga10.jpg


150105nenga11.jpg


前に来た時は、この立札の奥にはお宮が無くて、おかしいなあと思って帰ったこともありました(笑)
150105nenga12.jpg


皆さんが「花本社」にお参りしている間に永昌五社稲荷の水盤の写真を撮りました。
150105nenga13.jpg


「水盤 久住仕入網中奉納」
現状は破損、剥離が激しく、刻銘も読みづらい。
 正面には「奉納 久住網仕入網」と大きくあり、「上総国澤倉浦」「上総国川津浦」の地名と14名の人名があり、右側面は「上総国勝浦」「房州白子浦」の地名と7名の人名、左側面は「上総国部原浦」「同国新宮」の地名と8名の人名、背面は「文政七年九月」の年代と、「上総国小浜浦」「同国岩和田浦」「同国御宿浦」の地名と13名の人名が刻まれている。また、人名の上には、商標と思われるマークが刻まれている。この水盤は、干鰯問屋である久住屋に仕入れている上総・安房(千葉県)の網元が奉納したものであろう。

商標と思われるマークが、「江東区の文化財」という本に載っているのを見て、面白いと思ったから、今回写真を撮るのを楽しみにしていた。
150105nenga14.jpg


剥離が激しいが、たしかにあった。
150105nenga15.jpg


さて、恵比須さんです。
八幡宮の横手の境内に色々なお宮さんが祀られていますが、そこへの玉垣「深川濱」と昔富岡八幡宮の前が浜で船着き場だったのを偲ばせます。
150105nenga16.jpg


150105nenga17.jpg


恵比須さん
150105nenga18.jpg


【弁財天/冬木弁天堂】
冬木弁天堂は、木場の材木豪商、冬木弥平次が宝永二年(1705年)、茅場町(中央区)から、深川に屋敷を移転した際、邸内の大きな池のほとりに、竹生島から移した弁財天を安置しました。そのためいまでもこの町を冬木町といいます。この弁財天は、等身大の裸形弁天にして、毎年一回衣装の着替行事をおこなってきましたが、大正十二年の関東大震災に焼失しました。冬木弁天は、明治三年から一般に参詣を開放しました。現在の弁天堂は、昭和二十八年に再建されました。尾形光琳が、冬木家に寄寓中、冬木家の妻のために書いた秋草の小袖が、上野国立博物館に保存されています。冬木弁天堂は、古義真言宗に属しています。
150105nenga19.jpg


150105nenga20.jpg


150105nenga21.jpg


本堂横に岡野知十の句碑がある。
「名月や銭かね言はぬ世は恋し」
150105nenga22.jpg


冬木弁天堂にお参りしたあと、近くの「すしざんまい」で昼食。
たまたま今朝(1/5)のテレビで、大間のまぐろ漁師の奮闘から、初せりまでを流していて、例によってすしざんまいの名物社長が重さ180Kgのまぐろを451万円で競り落としていた。
全店で提供すると云っていたので、私の食べたまぐろももしや?(笑)
とても美味しかったです。

【福禄寿/心行寺】
双修山養源院と号し、元和2年(1616年)京橋八丁堀寺町に創立。開山は観智国師の高弟、光蓮社団誉一路屋道上人、開基は岩国城主吉川監物の室養源院殿である。寛永10年(1633年)現在地深川寺町に移転した。「御朱印地・拝領地寺社帳」によれば、当時は間口四十二間、奥行四十二間、千七百六拾四坪の境内地で現在もほぼ当時の面影をとどめている。往時は影窓院・正寿院の2つの末寺があったが、その後合併された。旧本堂庫裡は大正12年9月関東大震災により焼失、その後昭和7年に再建された本堂庫裡も昭和20年3月戦災のため再度烏有に皈した。現本堂は浅香富三氏設計により奈良平安朝様式に現代風を加味して昭和42年完成したものである。
150105nenga23.jpg


六角堂に、非常に目の細かい金網が張られていて、ほとんど像がわかりません。
150105nenga24.jpg


150105nenga25.jpg


その横に石造の福禄寿が置かれていますが、六角堂内の福禄寿とは杖を持っている手が違うなど、異なりますね。
150105nenga26.jpg


○影窓院地蔵
当寺に在った塔頭の影窓院にあったお地蔵さまで、縁結び、願い事成就のお地蔵さまとして、江戸時代から信仰されているという。
150105nenga27.jpg



○江東区最古の五重石塔
元享4年(1324)の銘があり、江東区最古のものだという。
150105nenga28.jpg


境内で、元小結波の花がちゃんこ鍋を提供していました。
150105nenga29.jpg


150105nenga30.jpg


清澄通りを行き、「海辺橋」で仙台堀川を渡ります。
150105nenga31.jpg


渡ってすぐ、「滝沢馬琴誕生の地」があります。
150105nenga32.jpg


150105nenga33.jpg


めくれそうな感じの「里見八犬伝」の草紙の碑が秀逸です。
150105nenga34.jpg


150105nenga35.jpg


【大黒天/円珠院】
円珠院は享保年間に創建された。開基は円珠院殿妙献日寄大姉であり、円珠院は永見重直の娘で、のちの旗本永井讃岐守直允の後室である。生年は不明であるが、享保一五年 (1730)に没している。夫の永井直允は功運寺(元は三田・現在は中野区に移転)に葬られた。円珠院は浄心寺の塔中で、関東大震災までは浄心寺の裏手にあったが、震災後の区画整理で現在地に移ったという(「寺社めぐり39」)。
享保五年(1720年)十一月十三日画かれた大黒天の掛軸があり、木造の大黒天が安置、境内に石造の破顔大黒天が安置されています。

木造の大黒天
150105nenga36.jpg


石造の破顔大黒天
150105nenga37.jpg


大黒天の掛軸
150105nenga38.jpg


【毘沙門天/龍光院】
龍光院は、浄土宗雲光院の塔頭寺院で、慶長十六年(1611年)馬喰町(中央区)に創立、明暦三年(1657年)の大火に焼失し、岩井町(千代田区)に移転、天和二年(1682年)の大火に焼失し、同年深川の地に移転しました。
龍光院が現在地に移ったとき、鬼門除けとして境内東北角に、三尺ほどの石造の毘沙門天が安置され、昭和十一年には境内の東南角に一間半四面の毘沙門堂が建立されました。昭和二十年、戦災のため、堂宇は焼失しましたが、復興し、昭和五十年、木彫の立派な毘沙門天が安置されました。
150105nenga39.jpg


150105nenga40.jpg


本堂前に大きな石造五輪塔があります。
高さ3.5mという大きなもので、地輪に貞享3年(1686)と刻まれている。関東大震災後に現在地に移築されたと伝えられ、建立の由緒は不明。
150105nenga41.jpg


【深川江戸資料館】
ここは、江戸時代末の深川の町並みを原寸大で再現しています。
150105nenga42.jpg


150105nenga43.jpg


150105nenga44.jpg


正月の飾りを集めてみました。
150105nenga45.jpg


150105nenga46.jpg


150105nenga47.jpg


150105nenga48.jpg


江戸独楽
150105nenga49.jpg


150105nenga50.jpg


150105nenga51.jpg


次の深川稲荷に移動している途中、清澄庭園の横で、村田春海墓の碑がありました。
狭山市指定文化財で「清水濱臣墓」がありますが、その清水濱臣の先生にして高名な国学者・歌人です。
150105nenga52.jpg


150105nenga53.jpg


【布袋尊/深川稲荷】
寛永七年(1630年)の創立、深川地区では、創立の古い神社です。祭神は、宇賀魂命、西大稲荷ともいいます。この付近の旧町名は、深川西大工町でしたが、昭和七年八月一日深川清澄町と改称し、その旧名から西大稲荷と称しました。この神社の裏の小名木川は、江戸時代初期から、船の往来がはげしく、この付近一帯に船大工が住み、船の修繕、造船をしていましたので、この町名が生まれたといわれています。この神社は、無住社にして、町会によって管理運営されています。
150105nenga54.jpg


150105nenga55.jpg


150105nenga56.jpg


【寿老神/深川神明宮】
深川神明宮は、深川において創立の最も古い神社。大阪摂津の深川八郎右衛門が、この付近に、深川村を開拓し、その鎮守の宮として、慶長元年(一五九六年)伊勢皇大神宮の御分霊をまつって創建しました。
徳川家康が、この村に来て、村名を尋ねたが無いので、深川八郎右衛門の姓をとって、深川村と命名せよといわれた由。以来深川村が発展し、深川地区の各町に冠せられたりし、深川の地名のもとになりました。
150105nenga57.jpg


150105nenga58.jpg


150105nenga59.jpg


150105nenga60.jpg


これで七福神は完了!
森下駅から帰途についたのですが、この辺に来た時にたいてい寄る、元祖カレーパンのお店「カトレア」が、残念ながら4日までお休み。
カレーパンを買うのを楽しみにしていましたが、残念!

(了)


歴史クラブ行事一覧に飛ぶ



スポンサーサイト

コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

おっ、今年も昨年と同様に、高島屋での梯子乗り、その後に七福神巡りですね! 動画も観させていただきました。私は昨年と同様に、11:20からの日本橋三越でした。しかしながら、ここ、昨年までは3方から見られたのに、今年は向かって右側に屏風を置いたために、2方からしか見られなくなっており、このため、向かって左側に立ったのですが、その前にはいつもの通りに鳶職達が並んだので、舞台がほとんど見るれない状態になってしまいました。

深川江戸資料館は素晴らしいですよね。特に、5分程で朝から夜までの様子が見られるのがいいです。

そう言えば、別な話ですが、本日の読売新聞に「1/10(土)・虎ノ門金刀比羅宮・初天神」の宣伝が出ていました。「10:30里神楽、11:00七福神行列」だそうですが、残念ながら当日は午前、午後共コンサート出席のため、行けそうもありません。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
同じ行事といいながら、やはり違いがありますね。
高島屋でも、向かってくる方向が違いました。
はしご乗りも、昨年は三人でしたが、今年は二人でしたね。

虎ノ門金刀比羅宮の情報ありがとうございます。
たぶん行けると思います。
楽しみです。

No title

おつ、行かれるのですね。詳細は虎ノ門金刀比羅宮のホームページをご覧下さい。

なお、昨年の七福神行列は11時と14時の回の内容が一部異なっていましたので、ご注意を。

また、10時に鳶職達のお参りがあります。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
そうですね。
サイトできちんと調べてから行きたいと思います。
貴重な情報ありがとうございます。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop