虎の門金刀比羅宮

20150111

所在地:東京都港区虎ノ門1丁目2番7号

昨日、10日(土)に「初こんぴら」ということで、神楽と七福神行列があるということで、参詣しました。
地下鉄虎の門駅からすぐのところにありました。

敷地内には、金刀比羅宮との複合施設として高層オフィスビルの虎ノ門琴平タワーがあり、社務所や神楽殿といった施設と一体化している。
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社号標
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当宮は万治三年(1660年)に讃岐国丸亀藩主であった京極高和が、その藩領内である象頭山に鎮座する、金刀比羅宮(本宮)の御分霊を当時藩邸があった芝・三田の地に勧請し、延宝七年(1679年)、京極高豊の代に現在の虎ノ門(江戸城の裏鬼門にあたる)に遷座致しました。爾来江戸市民の熱烈なる要請に応え、毎月十日に限り邸内を開き、参拝を許可しました。
当時は“金毘羅大権現”と称されていましたが、明治二年(1869年)、神仏分離の神祇官の沙汰により事比羅神社に、明治二十二年(1889年)には金刀比羅宮に社号を改称し現在に至ります。
ご神徳は海上守護、大漁満足は勿論のこと、五穀豊穣・殖産興業・招福除災の神として広く庶民に尊信され、東国名社の一つとして知られています。
(神社サイトから)

正面鳥居
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正面鳥居側の手水舎
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中に入っていくと、正面鳥居に相対してもう一つの鳥居があったので、そちらからも入ります。
裏鳥居
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両方の鳥居から入ってきて、社殿に折れるところにも手水舎があります。
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10:30から神楽ということですが、10時ちょっと前に着きました。
ちょうど境内には江戸火消しの皆さんで埋め尽くされていました。
「江戸消防記念会正式参拝」だそうです。
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いつ見てもにんまりしてしまうのは、この草履ですね(笑)
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銅鳥居
文政四年(1821年)に奉納された明神型鳥居。
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扁額「金刀比羅大神」
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左右の柱上部には四神の彫刻が施されており大変珍しい。四神とは四方の守護神であり、東は青龍、西は白虎、南は朱雀、北は玄武が守る霊鳥霊獣。
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拝殿
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境内の写真を少し撮っていると、神楽の時間が近づいたので、神楽を動画で撮り、引き続き七福神行列も動画で撮りました。
神楽は「三番叟」でした。
この二つは別途記事にします。

その記事を読む


拝殿前に勢揃いした七福神。
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七福神に続く行列で、とても盛り上げていたひょっとことおかめの皆さん。
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社殿は、先の戦災により焼失してしまいましたが、昭和二十六年(1951年)に拝殿と幣殿が再建されました。
ともに総尾州檜造り、銅板葺きの権現造り。日本最初の建築史家、伊東忠太氏の設計校閲による建物で、我が国古来の建築技法が随所に用いられています。平成十三年(2001年)に東京都選定歴史的建造物に指定されました。
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拝殿の横から、幣殿、本殿を見に行きます。
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幣殿
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本殿
本殿は昭和五十八年(1983年)に再建されました。
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祭神は大物主神と崇徳天皇です。

神紋は「丸に金」
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蔭紋に葉団扇紋を用いる。これは江戸時代、庶民の間で「虎ノ門の金比羅様には天狗まします」と言われたためだという。
祭神の崇徳天皇は、『保元物語』によると、讃岐に流されたとき仏教に深く傾倒して極楽往生を願い、五部大乗経(法華経・華厳経・涅槃経・大集経・大品般若経)の写本作りに専念して(血で書いたか墨で書いたかは諸本で違いがある)、戦死者の供養と反省の証にと、完成した五つの写本を京の寺に収めてほしいと朝廷に差し出したところ、後白河院は「呪詛が込められているのではないか」と疑ってこれを拒否し、写本を送り返してきた。これに激しく怒った崇徳院は、舌を噛み切って写本に「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」「この経を魔道に回向(えこう)す」と血で書き込み、爪や髪を伸ばし続け夜叉のような姿になり、後に生きながら天狗になったとされている。
このことではないか。
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神楽が行われた神楽殿
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本殿向って右側に二つの小さなお社があります。
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喜代佳稲荷神社
こちらの神社の由縁がよくわからないが、金運の神様とされている。
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結神社(むすびじんじゃ)
その縁起は定かではありませんが、江戸時代、良縁を求める多くの女性により厚い信仰を集めていました。『新撰東京名所図会』にも当時の華々しい一面が記されております。
その頃、良縁祈願に訪れた女性たちは、この結神社の前で自らの黒髪を一部切り取り、或いは折り紙を持参し、社殿の格子や周りの木々にそれらを結わい付け良縁を願い、成就させました。単にお参りするに留まらず、体の一部や心を込めた品物を神様に奉納する事で、その真心を形に表したのです。同時に「縁を結ぶ」と「物を結ぶ」を掛けたのかもしれません。
それから三五〇年余り、今の世にこの伝統的祈願を故実に則り再興致します。
(神社サイトから)
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十三輪塔
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

おお、やはり、私とは違って境内の様子を詳細に撮られていらっしゃいますね。特に、鳥居の亀や龍の像については全く気がつきませんでした。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
私は、歴史の中でも神社巡拝に軸足を
置いているので、神社の拝観は丁寧にやります。
ああいう珍しい鳥居などを発見すると嬉しいですね(笑)
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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