古代史謎解き紀行「Ⅱ神々の故郷出雲編」/関祐二

20150125

150125kodai.jpg


はじめに
第一章 出雲神話という迷路
第二章 出雲の謎を旅する
第三章 出雲の考古学に迷い込む
第四章 出雲と「境界」の謎
第五章 アメノヒボコと出雲の謎


この本の「はじめに」のところで著者は以下のようなことから書き出している。
「2004年の7月に都内で行われた、山陰地方の古代史に関する、とあるシンポジウムの席上で、進行役の高名な考古学者が、「もうこれ以上、山陰地方から新たな発見が出てきてもらっては困る」 と発言し、自ら失笑していた。 もちろん、冗談めかして語っていたのだが、半分は本音だろう。いや、心の底から、「もう、いい加減にしてくれ」と叫んでいるのかもしれなかった。というのも、ここ30年の山陰地方の発掘調査によって、かっての史学界の常識は、根底から覆されそうな勢いだからだ。これまでの研究努力が、水泡に帰す恐怖を今、史学看たちは味わっているのであり、生涯をかけて導き出した推論が、目の前で瓦解してしまう可能性が出てきてしまったわけである。 かって史学者たちは、「神々の国出雲などどこにもなかった」と高をくくっていたものだ。『古事記』神話の三分の一を出雲が占めていたとしても、だからといって、現実に出雲に神話に見合うだけの勢力が存在したのかといえば、答えは「否」であり、神話の出雲は八世紀の朝廷がでっち上げた「絵空事」にすぎなかったと考えられていたわけである。 だから、「出雲は実在した」などと不用意な発言をしようものなら、それこそ「非科学的」のレッテルを貼られかねなかった。それにしても、なぜ史学界は、これまで出雲を無視してきたのだろう。
 ひとつの理由に、戦前の「神話は史実」といういわゆる「皇国史観」に対する反発から、「神話などまともに歴史として取り扱うことはできない」という発想となって、天皇家のための神話の「引き立て役」としての出雲も、「創作」というレッテルを貼られることになつたわけである。神話の中で大きな顔をしていたからこそ、「事実ではない」と、決めつけられてしまったのだ。
(以下省略)」

これで著者の立ち位置は、だいたいはっきりしている。
私には学会のことなど、どうでもいいが、戦前の「皇国史観」に対する反発からか、どこのお宮に参っても寂れてしまっているところが多く、残念な気持ちをいつも味わっているので、これは何とかして欲しいといつも思っている。

それと、古代というと私にとって身近なのは「さきたま古墳群」だが、そこにある「前玉神社」の祭神が出雲系であることから「さきたま古墳群」に眠っている被葬者たちは出雲民族系だと推定される。
それから私は長野県の佐久市で生まれ育ったが、小、中学校の帰りにいつも遊び場所だったお宮が「柴宮神社」というが調べてみたら諏訪神社の末社であり、当然信州の佐久だから諏訪神社系が多いのだが、これも出雲系の神である。

ということで、とてもこの本は面白かった。
最初から最後まで、全部の話が面白かったので、その中から抽出して紹介するのに、どこをと悩んだ(笑)

つい最近出雲国造家のプリンスと、皇族のお嬢さんが結婚して話題となったが、誰もが知ってるように出雲大社の宮司が出雲国造家である。その出雲国造家の本貫の地は出雲の東方「意宇」であり、その氏神は意宇にある熊野大社である。有名な行事だが、毎年新嘗祭のときに出雲国造家はその熊野大社から「燧臼と燧杵」を借りてきて火を起こし、それで神饌を調理する。根源が熊野大社であることは、これでみてもわかる。
その出雲国造家が意宇から杵築に移り出雲大社の宮司となった。
そしてその頃に「出雲國風土記」も編纂された。そして他の風土記よりも「出雲國風土記」の編纂は大幅に遅れた。これは記述の「すり合わせ作業」が大変だったからではないかと想定したほうがいいと著者はいう。
記紀神話と「出雲國風土記」の相違点がいくつもあって、通説は「風土記」は純粋にその土地の伝承だけを集めたから、となっているが、それは注意したほうが良さそうだ。

ヤマト(伊勢)と出雲の戦いは、明治維新の際にも激烈だった。
明治8年、明治政府は「神道事務局」を開設したが、そこにタカミムスビ、アマテラスといった皇室ゆかりの神と、さらに「八百万の神」としようとした。
それに危機感を抱いた出雲大社宮司の千家尊福が「待った!」をかけ、「大国主命」を合祀することを主張し、伊勢、出雲両者の争いは「事務局の瓦解」を思わせるほどで、やがて出雲派の主張が優勢となったところで、危機感を抱いた伊勢派が天皇の裁断に委ねる、という手に出た。
結局、伊勢派と出雲派の神が「天神地祇」とひとくくりにされたのである。

私は、新羅から渡来したという「天日矛あめのひぼこ」とかその神裔「天目一個神」などに、製鉄・青銅関係者の神として注目しているのだが、それが多く見られるのが吉備地方。ここにも出雲と匹敵する強大な勢力があったはずだが、記紀神話にはほとんどこの地方の神は登場しない。抹殺されているのである。
この辺の話も、実に面白かった。

この本は「紀行シリーズ」と銘打っているだけに、入門編として位置づけられると思うが、読んでいてとてもヒントになる話が山盛りにあって、とても面白かった。


スポンサーサイト

コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

ご愁傷さまでした。さぞかし、大変だったと思います。2週間位、書き込みがなかったので、何かあったに違いないと思っていました。

さて、私も何冊か読んだことがある関氏の著作ですね。冒頭の方に書かれている「山陰地方から新たな発見が出てきてもらっては困る」と言う話、笑ってしまいますよね。九州にも関東にも、あるいは、吉備にも、日本各地に大君あるいは勢力者がいても全く不思議ではないことが何でわからないのか、いつも不思議に思っています。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
やっと落ち着きました。
自分で自制をかけていましたが、退屈でした(笑)

学会と言うのは、やはりあちこち講演会を見てみると、
縄張りというのがすごいですね(笑)

学者も見事に人の子です。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop