長白羽神 (ながしらはのかみ)/日本の神々の話

20150126

この神は、私は都合が悪くて行けませんでしたが、歴史クラブ行事「関八州式内社めぐり」で2014年11月28日に参拝した天志良波神社の祭神です。

その記事を読む


Wikipediaでは、下記のようになっています。
『古語拾遺』の天岩戸に登場する神。思兼神に命じられ、麻を育て青和幣(あおにぎて)を織ったという。神麻続機殿神社で伊勢神宮に奉納する荒妙(あらたえ)を織った神麻続部(かんおみべ、神麻績部とも)の祖神とされ、白い衣類を白羽と呼んだのは長白羽神に由来するとされる。
天太玉命の同族神であるという。別名を天白羽神(あめのしらはのかみ)といい、天白信仰を長白羽神由来とする説がある。常陸国久慈郡(現茨城県常陸太田市)の式内社・天之志良波神社の祭神として祀られている。

『古事記』では、この天岩戸の部分の記述は、
「このような状態となったので、ありとあらゆる神々が、天の安河の河原に会合して、高御産日神の子の思金神に、善後策を考えさせた。そしてまず常世国の長鳴き鳥を集めて鳴かせ、次に天の安河の川上の堅い岩を取り、天の金山の鉄を採って、鍛冶師の天津痲羅を捜して、伊斯許理度売命に命じて鏡を作らせ、玉祖命に命じて、たくさんの勾玉を貫き通した長い玉の緒を作らせた。次に天兒屋命と布刀玉命を呼んで、天の香具山の雄鹿の肩骨を抜き取り、天の香具山の朱桜を取り、鹿の骨を灼いて占い、神意を待ち伺わせた。そして天の香具山の枝葉の繁った賢木を、根ごと掘り起こして釆て、上の枝に勾玉を通した長い玉の緒を懸け、中の枝に八咫の鏡を懸け、下の枝に楮の白い布帛と麻の青い布帛を垂れかけて、これらの種々の品は、布刀玉命が神聖な幣として捧げ持ち、天兒屋命が祝詞を唱えて祝福し、天手力男神が石戸の側に隠れて立ち、天宇受売命が、天の香具山の日陰蔓を襷にかけ、眞拆鬘を髪に擬い、天の香具山の笹の葉を束ねて手に持ち、天の石屋戸の前に桶を伏せてこれを踏み鳴らし、神がかりして、胸乳をかき出だし裳の紐を陰部までおし下げた。すると、高天原が鳴りとどろくばかりに、八百万の神々がどっといっせいに笑った。」
となっている。

『古語拾遺』では、「下の枝に楮の白い布帛と麻の青い布帛を垂れかけて」の部分をどの神が作ったのか書いている。
「太玉神に諸々の部神(トモノカミ)を率いて和幣(ニギテ)を作らせ、 石凝姥神(イシコリドメノカミ)に天香山(アメノカグヤマ)の銅を取り日像(ヒカタ)の鏡を鋳造させ、 長白羽神(ナガシロハノカミ)に麻で青和幣(アオニギテ)を作らせ、 天日鷲神に津咋見神(ツクイミノカミ)を使わせて穀木を植ささせて白和幣(シロニギテ)を作らせ、 天羽槌雄神(アメノハツチヲノカミ)に文布を織らせ、天棚機姫神(アメノタナバタヒメノカミ)に神衣を織らせる。 所謂、和衣(ニギタエ)である。」

○石凝姥神:天糠戸命(アメノヌカドノミコト)の子で鏡作の遠祖である。
○長白羽神:伊勢の国の麻績(オミ)の先祖で、今の世で衣服の事を白羽と言うのは この事が始まりである。
○白和幣:是は木綿である。神の作物は一夜で茂る。
○天羽槌雄神:倭文の遠祖である。

これを見る限り、麻績氏という麻を織る氏族が居たようで、忌部広成の時代においては、麻績氏の拠点が伊勢国にあったようです。


日本の神々記事一覧に飛ぶ



スポンサーサイト

コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

この場面、例の有名なストリップショウに場面ですね。どうもよくわからないのは、世界が真っ暗になっている筈なのに、色々なものを作ったり、ストリップを踊ったりすることで、真っ暗だけど、神様達には見えたと言うことなのでしょうか。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
民話でも説話でも、ご都合主義なところ
ありますからね(笑)

私は説話だと思っているので、あまり気にならないのですが。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop