土師真中知命(はじのまつちのみこと)/日本の神々の話

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浅草の浅草寺を知らない人は居ない。
浅草寺の本堂の右に並んで鎮座しているのが浅草神社(三社さま)です。
有名な「三社まつり」は浅草神社の祭礼なわけですね。

浅草神社の祭神(三社さま)は、桧前(ひのくま)浜成命・桧前竹成命・土師真中知命です。
三社さまの話が、そのまま浅草寺の観音様の話となります。

漁師の桧前(ひのくま)浜成・竹成兄弟が隅田川で漁労に精を出していましたが、その日に限り一匹の漁もなく網にかかるのはただ人型の像だけでした。幾たびか像を水中に投げ捨て、何度場所を変えて網を打ってもかかるのは不思議と人型の像だけなので、最後には兄弟も不思議に思い、その尊像を捧持して今の駒形から上陸し、槐(えんじゅ)の切り株に安置しました。そして、当時、郷土の文化人であった土師真中知にこの日の出来事を語り、一見を請うたところ、土師氏は、これぞ聖観世音菩薩の尊像にして自らも帰依の念心仏体であることを兄弟に告げ、諄々と功徳、おはたらきにつき説明しました。
 兄弟は初めて聞く観音の現世利益仏であることを知り、何となく信心をもよおされた二人は、深く観音を念じ名号を唱え、「我らは漁師なれば、漁労なくしてはその日の生活にも困る者ゆえ、明日はよろしく大漁を得させしめ給え」と厚く祈念しました。
  翌十九日に再び網を浦々に打てば、願いのごとく大漁を得ることができました。
  土師真中知は間もなく剃髪して僧となり、自宅を改めて寺となし、さきの観音像を奉安して供養護持のかたわら郷民の教化に生涯を捧げたという。いわゆるこれが浅草寺の起源です。

 土師真中知の没した後、間もなくその嫡子が観世音の夢告を受け、三社権現と称し上記三人を神として祀ったのが三社権現社(浅草神社)の始まりであるとされています。

ついでに、浅草観音が隅田川で発見されたわけですが、どこからきたかというと、飯能市大字岩渕にある「岩井堂観音」から流されたものなのですね。
2014年3月25日に、「飯能市・南高麗地区ウォーク」という歴史クラブFグループ行事で、岩井堂観音を訪ねました。
そのときの記事はこちらです。

その記事を読む


岩井堂観音に飾られていた絵
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調べてみると、この絵は観音堂を管理している岩淵・観喜寺に納められている、山田辰吉氏寄贈の絵のコピーのようです。


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