梅宮神社・甘酒祭り

20150212

所在地:埼玉県狭山市上奥富508

2月11日(水)に狭山市内の梅宮神社で行われる「甘酒祭り」に歴史クラブ行事として参加しました。
この神社の甘酒祭りは、毎年厳冬の2月10日・11日の2日間にわたり執り行われます。「頭屋制」という関東地方では他に見られない珍しい運営形態で1200年前の平安の昔よりそのまま継承して挙行されているところから、平成4年(1992)3月11日に埼玉県指定文化財・無形民俗文化財に指定されました。

新狭山駅に集合し、参加者17名で徒歩梅宮神社に向かいました。
梅宮神社鳥居には大きな幟が立っています。
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鳥居からの参道には屋台が並んで、賑やかな人出です。
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祭神は、瓊瓊杵尊、彦火々出見尊、大山祇神、木花咲耶姫命

普段は森閑としている境内が、今日は賑やか。
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まずは、クラブの長老から薀蓄を説明してもらいました。
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○甘酒祭りの起源
 起源は古事記・日本書紀によれば、瓊々杵尊が木花咲耶姫命と婚姻、一夜にして身ごもったのを疑われた木花咲耶姫命が疑いを晴らすため、自身産屋に入って「神の御子ならたとえ火の中でも無事に生まれるでありましょう」といって燃えさかる炎の中で彦火々出見尊他を出産したといわれ、喜んだ木花咲耶姫命の父である大山祇神が、清浄な田で採れた米から白酒を造り天地神に供えたのが、「甘酒祭り」の始まり。
また夜を徹して火を頭屋と子供たちによって、朝まで焚き続ける祭りを「奥富おごり」と呼んでいます。

○頭屋制
頭屋制とは氏子を数組の頭屋に分け、そのうちの1組が甘酒祭りばかりでなくその年の祭礼すべてを執り行うことをいいます。梅宮神社では、かっては10組でしたが、現在は上奥富の氏子を9組に分けて頭屋を組んでおり、1頭屋は約10軒で組織されています。

○白酒の製造
大祭に用いる白酒の製造は明治30年(1897)に祭典自家用として、税務署より許可を受けて今にいたっています。現在は酒蔵で仕込むので温度管理が大変楽になりました。それ以前は1月初旬より頭屋の中の杜氏(とじ)宅で仕込みを始め、2月2日よりの「謡(うたい)」の練習が始まるまでに作り上げるため温度管理が難しく、以前は格式と財力がないと勤まらなかったといわれていました。

どぶろく、甘酒を準備している。
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どぶろく、甘酒をいただこうと、長い行列ができていた。
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右手にどぶろく、左手に甘酒(笑)
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社殿前に、仕込みの酒樽も置かれていた。
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境内ではだるま市、植木市も開かれていた。
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境内にある酒の神様、松尾神社。
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松尾神社の説明
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その横にある富士塚
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この富士塚に参加者17名全員が勢ぞろいして記念写真(笑)

するうち、「西方囃子」が始まりました。
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西方囃子は平成15年(2003)11月4日に狭山市指定文化財・無形民俗文化財として指定されました。
 江戸神田囃子の流れを汲む神田徳丸の流儀を持ち、江戸時代に北入曽村の入曽囃子から伝えられましたが、昭和26年(1951)に後継者が絶えて一時中断していました。しかし昭和51年(1976)に復活し、奉納嚇子として元旦、2月に梅宮神社の甘酒祭り、4月に奥富神社、7月に八雲神社、8月に浅間神社と薬師堂に奉納されます。
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西方囃子に合わせて、獅子が頭を噛んでくれます。
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ひょっとこが「おひねり」を配ります。
おひねりの中身は5円玉。ご縁がありますように、とのことですね。
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天気が良くて、のんびりと祭りを楽しみ、お昼になったので近くのレストランに歩いていき、昼食を食べながら懇談して、お開きとなりました。

祭りとしての見どころは、宵宮と当日の饗宴型の神事があります。
○宵宮祭
 宵宮祭は2月10日の夜に行われる祭事で「座揃式」ともいい、社務所にて行います。式は平安の流れを受け継いで執り行われます。近世では慶安4年(1651)に川越藩主松平信綱の参拝以後、代参主賓となり、今では神社総代が務めています。村の組織や機能までが判然と分かるかのように村の人々が両側に居並び、頭屋の中の相伴(しょうばん)頭によって進行されます。式半ばに杜氏を呼び出し、今年の酒の出来栄えなど褒めて、一献一献勧めては謡あげ、盃を重ねる珍しい饗宴形態の酒盛祭りで、20~30人によって執り行われています。

○大 祭
大祭は2月11日に行われ、第一神事および第二神事に分かれています。第一神事は白酒の澄ん
だ酒と赤飯、山海の珍味を供えて午後1時より社殿にて行います。第二神事は午後4時より開始
し、領主、神官、役人を正座とする古い饗宴の形態で、一献毎に優雅な謡の「松の曲」より始まり、「千秋楽の曲」を奏でて本頭屋と来年の頭屋との「頭屋渡し」の式で終了します。式後は総立ちとなって神官、領主、総代、本頭屋の順に胴上げして一同社殿を下ります。

○頭送 り
最後の頭送りの儀式は、本頭屋と受け頭屋に担がれた樽神輿が本頭屋の杜氏宅を出発して神社
でひと練りしたあと、受け頭屋の杜氏宅に納めて2日間の甘酒祭りが目出度く終了します。

第二神事が16時からということで、出直すつもりだったのですが、家に帰って休憩していて寝てしまい、撮れませんでした(汗)

こういう謡のようです。
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

この神社、中々、面白そうですね。低いながらも、一応、山の形をした富士塚までありますし。

さて、「頭屋」とか「頭屋制」とか言う言葉、初めて聴きました。そう言えば、以前、テレビで、厨子?に入った神様か仏様を家でお祭りし、1ヶ月経ったら、隣に家に持って行くと言う話がありました。確か、1年に1回、それがまわってくると言うものでした。多分、それと似たようなものなのでしょうね。と言っても、梅宮神社の場合は、祭りの行事を順番に行うようですが。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
現在は、酒は酒造メーカーに依頼し、10軒くらいで
頭屋をしていますが、昔は有力者が引き受けていたようです。
何しろ酒づくりをするので、場所も必要だし、杜氏も
雇わないといけないし、大変だったということは、
うなづけます。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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