牛天神(北野神社)の梅

20150216

鎮座地:東京都文京区春日1-5-2

昨日の15日(日)、何処かに梅見に行こうと思い、まだ参拝したことが無かったこのお宮にお参りしました。
地下鉄後楽園駅から歩いて7,8分で入り口に。

社号標と変わった鳥居
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縁起によると、源頼朝が1184年東征の際にここの入り江の松に船をつなぎ波風が静まるのを待つ間、夢に菅原道真神が牛に乗って現れ二つの吉事があると告げた。武運満足の後は社を営むべしとあり、夢から覚めると牛の形をした石があった。
その後、頼家が生まれ、平氏を西に追うことができ、ここに社殿を造営した。
寄って創建は元暦元年となります。

ちょうど「紅梅まつり」です。
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急な石段を上がります。
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石段を上がりきると鳥居がある。
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境内に入ると、野点がふるまわれていました。
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その外、甘酒のサービスと、梅酒が配られていました。
梅酒はささやかな量ですが、梅の実が丸々一個入っていて、夕食のときにいただいたらとても美味しかった。
ネットで調べたら、1日限定100個で、梅の実と、お酒をかわいい容器に入れた「北野の福紅梅」の梅酒(神社の梅の実を5年から10年ねかせたもの)でした。
とても、ラッキーでした(嬉)

手水舎
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梅の花びらのデザインで、いい手水鉢でした。
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瑞垣の入り口に、文化6年(1809)造立の狛犬があります。
阿形の方は、乳房に吸い付いている、吽形の方は背中にしがみついている子犬がいいですね。
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拝殿の左右には、撫で牛が。
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これが創建にかかわる「牛岩」です。
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拝殿
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社額
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拝殿内部
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拝殿と本殿
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本殿
この辺の梅は、まだまだです。
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拝殿の前には、左右に紅白の梅が咲いています。
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おみくじの結びも牛の形でした。
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その上にも、白梅が咲いています。
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境内社の太田神社・高木神社の入り口のところに、立派な道祖神の碑があります。
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太田神社・高木神社
芸能の神・天鈿女命(あめのうずめのみこと)と道の神・猿田彦命(さるたひこのみこと)の御夫婦と宇迦御魂命(うかのみたまのみこと)をお祀りしています。
芸能上達、開運招福のご利益があるとされている。
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もとは、貧乏神と言われた黒闇天女(くろやみてんにょ)(弁財天の姉)をお祀りしていましたが、江戸時代にあったとされる出来事から、人についている貧乏神を追い払い、福の神を招き入れることができると庶民の信仰を集めるようになったそうです。
北野神社のホームページでは、≪昔々、小石川の三百坂の処に住んでいた清貧旗本の夢枕に一人の老婆が立ち、「わしはこの家に住みついている貧乏神じゃが、居心地が良く長い間世話になっておる。そこで、お礼をしたいのでわしの言うことを忘れずに行うのじゃ…」と告げた。正直者の旗本はそのお告げを忘れず、実行した。すると、たちまち運が向き、清貧旗本はお金持ちになる。そのお告げとは・・・≫≪もとは、貧乏神と言われた黒闇天女(くろやみてんにょ)(弁財天の姉)をお祀りしていましたが、江戸時代にあったとされる出来事から、人についている貧乏神を追い払い、福の神を招き入れることができると庶民の信仰を集めるようになったそうです。≫と書かれています。 

ご神木の保護に並べている瓦の線が綺麗だった。
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そこ、かしこにも梅が咲いています。
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中島歌子の歌碑
 「雪 中 竹  ゆきのうちに根ざしかためて若竹の生ひ出むとしの光をぞ 思ふ」
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中島歌子の歌碑は中島歌子が亡くなって6年後の1909年(明治42年)に門下生によって建てられたものという。
中島歌子は1844年(弘化元年)、現在の埼玉県坂戸市に生まれ、幼い頃に江戸に出た。水戸天狗党の林忠左衛門と結婚して水戸に住むが、やがて夫は戦死、その後、江戸に戻った歌子は小石川安藤坂に歌塾「萩の舎」を開く。上流階級の子女に歌の指導を行い、全盛期には門下生が1000人を超えたそうだ。その中には若き日の樋口一葉もいたといいます。

また急な石段を降りて帰りますが、途中に名残を惜しむ紅梅が。
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

おっ、行かれたのですね。ここ、入口がわかりにくかったと思います。私も初めて行った時は、結構、大変でした。最近は、春日通りの坂を登って、中央大学を過ぎた所を左折して、神社の裏口から入っています。

時間的に、良い時に行かれたようですね。ここは側にビルがあるので、12時を過ぎた頃に行かないと、日影になってしまいます。写真を見せていただきましたが、社務所の所の枝垂れの梅はまだのようですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
たしかに分かりにくいですが、今は
梅を尋ねる人が多いので、よかったです。
写真には、陽の方向の影響が大きいので、
大事ですよね。

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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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