阿波山上神社(あわやまのうえのじんじゃ 延喜式内社)/茨城県東茨城郡城里町

20150307

鎮座地:茨城県東茨城郡城里町阿波山664-1

2月27日(金)に歴史クラブ行事「関八州式内社めぐり」で訪れました。

社号標
式内社で旧社格は郷社。
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一の鳥居と二の鳥居が、わりと近接して建てられています。
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二の鳥居
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二の鳥居から先に、杉の木立に囲まれた気持ちのいい参道が続きます。
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途中に、柵に囲まれた御神木がありました。
大きな根の中に、二代目の若木が立っていました。
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その横に「御神木由来」を刻んだ石碑があります。
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神代の昔当神社の御祭神少彦名命が大杉の本に降臨されたと言う。
人皇第42代文武天皇大宝元年里人は此処に神祠を奉じ隆木明神と呼びその杉を御神木と定め大杉様と称して崇拝してきた。この杉は樹齢およそ一千年高さ33m周囲目通り7m第二代のものとも伝えられる。昭和47年9月18日夕刻大雷雨ありこの御神木に落雷火災を発生した。大木が為噴出する火の粉は周囲50mに達し桂村消防団員の総力を挙げての消火作業にもかかわらず二昼夜にわたって燃え続けようやくにして鎮火した。
火災後日を経るに従って樹勢とみに衰え生立木としての見込みを失い倒壊の危険を憂慮すされるに至った。よって氏子中に諮り昭和48年7月5日神社本庁総理の承認を得てやむなく伐採処分にした。
ここに聖木を偲び後継としてこの杉の□苗を植え玉垣を巡らすとともの記念碑を建立して大杉様の由来を永遠に伝えるものである。
(石碑文章)

これが、社伝と重なります。
社伝によると、第四十二代文武天皇大宝元年(701)に、大杉に神が降臨し、「降木明神」と称した。
俗に、佐加利子(サガリコ)明神とも呼ばれる神社。
阿波山という森に、祠を建て、この神を祀り、阿波山上神社と号したという。
この神は、童子の姿で、手には粟の穂を持って降臨したという。
その姿と粟から、祭神は少彦名命と思われる。
各地の粟島神社の祭神は、少彦名命である。

仁和2年(886年)に従五位上に列している。
戦国時代には佐竹氏によって社殿が再建、修繕されている。
その後も、江戸時代後期に水戸藩から社領の寄進と社殿の修繕を受けている。
天狗党の乱では当社の境内でも戦闘が行われた。

社殿前の境内
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手水舎
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社殿前に、文化九年(1812)の石灯篭
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拝殿
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社額の代わりに、こういう額がかかっていました。
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何と讀むのか・・・・・・・
皆が「真ん中の字がわからん」と頭をかかえておりました。

帰ってきてから池田さんが、くずし字の勉強を兼ねて調べてみましたと、メールで送ってきてくれました。
私も、なるほどと思ったので、掲載しておきます。

「神霊淪六極」:「神霊(しんれい)、六極(りっきょく:東西南北天地)を淪(しずむ)」となりました。
「淪(しずむ)」とほぼ同形のくずし字に「泠(すむ)」がありましたが、意味が異なるようなので除けました。

拝殿から、けっこう距離をおいて本殿が鎮座しています。
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ちなみに本殿の千木は内削ぎ、鰹木は三本(奇数)です。
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一般に、千木が内削ぎで鰹木が偶数の場合、女性神を祀り、千木が外削ぎで鰹木が奇数の場合、男性神を祀ると云われています。

ということで、原則にはこの社の場合合っていません。
その理由を考えてみました。
祭神が少彦名命です。
一般的に童神とされ、性別は明らかになっていません。
このことから、社殿を造営する際、困って両方取り入れたのかな、と思います。

神紋は「右三つ巴」です。
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神楽殿
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社殿のまわりに境内社が並びます。
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稲荷神社
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三嶋神社(木花咲耶姫)
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山倉神社(皇産霊大神、建速須佐男大神、大国主大神)
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不明だが、横に立派な彫刻あり。
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不明
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参道の脇に、親鸞聖人開宗宣言の地「大山草庵」跡地がありました。
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そこには、現在「延命地蔵尊」がありました。
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そのまわりには、当時ここにあったという「阿弥陀寺」をしのばせる石仏がたくさん並んでいた。
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

おっ、頑張っていらっしゃいますね! 茨城県の町名ってさっぱりわからないので「城里町阿波山」ってどこかって調べてみたら、常磐大宮駅の西6km位の所なのですね。私の場合、鉄道の駅から離れすぎていて、一生、行きそうもないので、楽しませていただきました。

それにしても、第二次世界大戦後まで樹齢1000年の杉が茨城県で残っていたのですか! 屋久島でしたらわかりますが、本州でそんなものが残っていたとは軌跡ですね。

matsumoさん

山梨県には、樹齢2000年の桜がありますから、
1000年くらいの杉は、たぶんあると思っています。

名古屋の東山植物園で「縄文杉」を見たときには、
ビックリしました。
レブリカでしたが(笑)
まるで「壁」のような感じでした。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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