円野比売命(まとぬひめのみこと)/日本の神々の話

20150316

記・紀にみえる垂仁(すいにん)天皇の妃。
『日本書紀』では真砥野媛、『古事記』では円野比売命と記される。

今は亡き皇后の沙本毘売命の進言に従い、垂仁天皇は丹波から美知能宇斯王(みちのうしのみこ)の娘達を呼び寄せた。
比婆須比売命(ひばすひめのみこと)、弟比売命(おとひめのみこと)、歌凝比売命(うたこりひめのみこと)、円野比売命(まとぬひめのみこと)の合わせて4人を呼んだが、比婆須比売命と弟比売命の二人を留めて、その妹である歌凝比売命と円野比売命は、容貌が醜いと言うことで親元に帰されてしまった。
円野比売命は、これを恥じて「同じ姉妹のなかでも容貌が醜いことによって返されたことは近隣の噂になるでしょう。これは大変恥ずかしいことです。」と言って山城の相楽に着いたときに、首をつって死のうとした。しかしその時は死なず、山城の弟国(乙訓)に着いたときに、険しい淵に飛び込んで死んでしまったという。

山代国の相楽(さがらか)で木の枝にぶら下がって死のうとされました。そこで、その地を懸木(さがりき)と呼びました。
さらに、この地で淵に飛び込んで死んでしまいます。故にこの地を堕国(おちくに)と呼び、弟国(おとくに)や乙訓とも当て字されました。

この類の話で一番有名なのは、木花之佐久夜毘売と石長比売ですが、当時は容貌の美しいものを后とし、容貌の美しくなかったものは返されたということ。

こういう話は、やりきれなく思いますね。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

この話、亡き皇后は「兄比売と弟比売の2名を呼び寄せたら」と言ったのに、なぜか、4名の娘が来たことから始まった悲劇ですよね。ですから、2人以外が断られても仕方がない気がします。加えて、自殺したのは1名だけですし。元々、押し掛け女房を断られた話ですので、容貌のせいと言うより、自意識過剰のような気がします。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
こういう話がどうして記紀に載っているのかが、
わかりませんね。
〇〇氏の祖というわけでもありませんし、
説話としたら、救いようがないような気がします。
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写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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