秋山之下氷壮夫(あきやまのしたびおとこ)/日本の神々の話

20150319

この神については、『古事記』「応神天皇」の巻の、その9「秋山之下氷壮夫と春山之霞壮夫」の段で語られる。

現代語訳では:
さて、この伊豆志の神の女(むすめ)で、名は伊豆志哀登売神(いずしをとめのかみ)という神がおられた。ところで多くの神々が、この伊豆志哀登売を妻に得たいと望んだが、だれも結婚することができなかった。
ここに二柱の神があって、兄は秋山之下氷壮夫(あきやまのしたびをとこ)といい、弟は春山之霞壮夫(はるやまのかすみをとこ)といった。そしてその兄が弟に向かって、「私は、伊豆志哀登売を妻に願ったが、結婚できなかった。おまえはこの少女(おとめ)を妻にできるか」と言った。弟が答えて、「たやすく妻にすることができます」と言った。そこでその兄がいうには、「もしもおまえが、この少女を娶る(めとる)ことができるならば、私は上衣と袴を脱ぎ、身の丈を計って、それと同じ高さの甕に酒をかもし、また山や河の産物をことごとくととのえ準備をして賭の物としよう」といった。
そこでその弟は、兄の言ったとおりくわしくその母に伝えると、即座にその母は藤の蔓を取ってきて、一夜の間に、上衣・袴および 磯・沓を織り縫い、また弓矢を作って、その上衣や袴などを弟に着せ、その弓矢を持たせて、その少女の家に行かせると、その衣服や弓矢はすべて藤の花に変化した。そこでその春山之霞壮夫は、その弓矢を少女の家の厠に掛けておいた。そこで伊豆志哀登売はその花を見て不思議に思い、それを持って来るとき、霞壮夫はその少女のあとについて、少女の家にはいるとすぐに契りを結んだ。そして一柱の子を生んだ。そして弟はその兄に、「私は伊豆志哀登売を自分のものにした」と申した。
 そこでその兄は、弟が少女と結婚してしまったことに腹を立てて、例の賭の品物を渡そうとしなかった。そこで弟が嘆いてその母に訴えたとき、母親が答えていうには、「この現世のことは、よく神の教えを見習うべきです。それなのに兄は、現世の人々のやり方に見習ったのでしょうか、その賭の物を償おうとしないのは」といって、その兄である子を恨んで、すぐに出石川の中州に生えている一節竹を取って、編み目の荒い籠を作り、その川の石を取って塩にまぜ合わせてその竹の葉に裹(つつ)んで、弟に呪詛させて言うには、「この竹の葉が青く茂るように、この竹の葉がしおれるように、茂ったりしおれたりせよ。またこの塩の満ちたり干たりするように、生命力が満ちたり干たりせよ。またこの石が沈むように病に沈み臥せ」といった。このように呪詛させて呪いの品を竈の上に置いた。このためにその兄は、八年もの長い間、体はひからびしなえ、病み衰えた。それでその兄が嘆き悲しんで、その母親に許しを乞うと、母親はすぐにその呪いの品を取り返させた。そしてその兄の体は、本どおりに安らかに健康になった。これが「神うれづく」という言葉の起りである。

この話の前に、新羅の王子であり渡来した天日槍(あめのひぼこ)の話を書き、それに続いて帰化人であった出石族が伝承していた説話に基づいて、この話が構成されたとされる。
春秋の自然美の優劣を競うかのような話である。
春山之霞壮夫が弓矢を少女の厠ににかけ、その少女と結婚するというストーリーは、三和の大物主神が丹塗矢となって、厠にいる勢夜陀多良比売(せやだたらひめ)の女陰(ほと)をつく話の変形だと思う。
母親の言葉の中で、神の世界と人間の世界を比較して、人の世になったら約束を履行しなくなった、と言わせている。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

この話だと、偉いと言うか力があるのは名前が出てこない母親で、子供の方は全く力と言うか、霊力が無いですね。大国主の母親も何回も息子を救いましたが、これと似ていると思いました。

それにしても、矢を持って出てきただけで、結婚の承諾ですか。ううん、今の世の中では通用しないでしょうね(笑)

matsumoさん

コメントありがとうございます。
古事記編纂の際、当初最高神は天御中主神だったのですが、
途中から天照大御神に帰られてしまったくらい、
母系家族だったらしいです。
立派な矢だったのでしょうね(笑)
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写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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