浅草神社周辺から浅草寺町散策

20150327

3月17日の歴史クラブ行事の「浅草神社周辺と浅草寺町散策」で、浅草神社に参拝したあと、1時間自由時間をとり、浅草寺、仲見世などをぶらついた後、集合して次の目的地に向かいました。

仲見世を歩きます。
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伝法院通りに右折して、浅草公会堂横のスターの手形を見ます。
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藤山寛美
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今日お墓を訪ねる池波正太郎
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森繁久彌
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石川さゆり
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渥美清
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【等光寺】
所在地:台東区西浅草1-6-1
等光寺は、斎藤道三に殺された土岐頼藝の遺子大圓が、父祖を追福するため三河國宝飯郡廣石村に創建、慶長14年(1609)神田旅籠町へ移転、明暦の大火により浅草へ移転したといいます。
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この寺で啄木の葬儀が行われているが、それは啄木の友人土岐善麿の生家である縁である。ここで葬儀が行われたが、啄木は漂泊の地函館で埋葬された。

啄木の歌碑がある。
「浅草の夜のにぎはひに まぎれ入り まぎれ出で来しさびしき心」
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【西光寺】
所在地:台東区西浅草1-6-2

ここには、作家池波正太郎氏のお墓があります。
下見に来た時に、お墓に直接入れるところはないかと、グルッと一周しましたが無くて、お寺に声をかけたら、お寺の建物の中を通らないと裏の墓地に行けないようになっていました。
ただ、お参りにくるファンが多いので、声をかけさえすれば自由に墓参りはできるとのことでした。

この日、池波正太郎氏のお墓に行ったら、ちょうどお参りしている方がいて、聞いたら池波正太郎氏の姪にあたる方でした。
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その方がお線香を分けてくださったので、参加者全員でお線香を手向けることができました。
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ここで、昼食休憩となり、休んだあとまた歩きはじめます。

【正定寺】
所在地:台東区松が谷2-1-2
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ここには、島田虎之助と伊豆長八の墓があります。
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墓地入り口には、山茶花が咲いていた。
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島田虎之助の墓
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左側面に、男谷誠一郎の碑文があり。
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伊豆長八の墓
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横に、平成22年に建立された墓碑があり。
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【聖徳寺】
所在地:台東区松が谷2-3-3
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聖徳寺の創建年代は不詳ですが、聖実清公上人が創建したと伝えられます。享徳2年(1453)に加誉上人良祐和尚が浄土宗寺院として中興、徳川家康の関東入国翌年に坪根沢から平河へ、後大船、馬喰町への移転を経て、明暦3年の大火後当地へ移転しました。当寺は玉川用水を開削した玉川兄弟(玉川庄右衛門および清右衛門)の墓所です。
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墓所
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向かって右側の笠付きの墓塔が庄右衛門、向かって左が清右衛門の墓。
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庄右衛門の墓
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ここから、北上して「カッパ寺」に向かいます。
途中交差している通りの向こうにスカイツリーが。
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【曹源寺(かっぱ寺)】
所在地:東京都台東区松が谷3-7-2
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1588年(天正16年)5月現在の和田倉門付近に開創され、1591年(天正19年)11月江戸城拡張により湯島天神下に移転、1657年(明暦3年)1月いわゆる「振袖火事」により大半が焼失し、現在地に移転して続いております。
1814年(文化11年)雨合羽商の喜八が葬られました。喜八は私財を投じて水はけ工事を行い、これに感動した河童が手伝ったと伝わり、その後河童を見かけれと良い事があるといううわさが広まり、「かっぱ寺」とも呼ばれています。
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門を入ると、すぐに「かっぱのぎゅーちゃん」がいる。
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河童堂
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その階段のところにある「川太郎石碑」。
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その後ろにも河童を彫った石碑が。
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お堂の賽銭箱にも河童の絵。
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大明神の扁額
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軒先の天井絵
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河童堂本尊
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このお堂の天井には、昭和30年代の日本を代表する漫画家による32枚の絵がはめ込まれています。
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河童堂の横のコブシがきれいに咲いていました。
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この花の名は不明。
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馬酔木も咲いています。
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深紅の椿と葉牡丹(?)
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ここから、伊能忠敬の墓のある源空寺に向かいますが、途中には色々とありました。

「かっぱのいる街」の旗とスカイツリー
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「旧松葉町」の説明
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「ここが台東区のヘソ」なんだそうです。
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そこにいたキュートなかっぱ嬢
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【源空寺】
所在地:東京都台東区東上野6-19-2
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五台山文殊院と号する。本尊は円光大師(法然)像。寺号は法然の諱である源空に由来する。墓地にある高橋至時と伊能忠敬の墓はそれぞれ国の史跡に指定されている。
幡随院長兵衛と谷文晁の墓もあります。

墓地は道路を挟んだ、横にあります。
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高橋至時、伊能忠敬、幡随院長兵衛、谷文晁などの墓が一列に置かれていました。
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伊能忠敬の墓
伊能忠敬の遺言により、高橋景保が父高橋至時の墓に並べて埋葬した。
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三面にびっしりと業績をたたえる碑文が刻まれている。
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伊能忠敬の師であり、上司であった高橋至時の墓
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幡随院長兵衛と女房おきんの墓
慶安3年(1650年)旗本水野十郎左衛門に殺害された江戸初期の町奴。
庶民の英雄であった幡随院長兵衛の生き様は江戸の華と呼ばれ、「人は一代、名は末代の幡随院長兵衛・・・」のセリフと「お若ぇの、お待ちなせぇやし」のセリフで、歌舞伎や講談等で今でも演じられている。
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谷文晁の墓
浮世絵が庶民の芸術として大衆の中へ浸透しつつあった時代に山水をはじめ花鳥、風景画の世界に南画の技法をとりいれ、ダイナミックな画風の一境地をひらいたのが谷文晁である。
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その隣の墓がわからない。
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「翠蘭孺人平氏之墓」とあったので、帰って調べればわかるだろうと思い、隅々まで見なかったのが災いした。
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下部に浮世絵の美人画のようなものが浮き彫りにされている。
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高橋景保の墓
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高橋至時の長男として父の跡を継いで江戸幕府天文方となり、天体観測・測量、天文関連書籍の翻訳などに従事する。
伊能忠敬の全国測量事業を監督し、全面的に援助する。忠敬の没後、彼の実測をもとに『大日本沿海輿地全図』を完成させた。
文政11年(1828年)のシーボルト事件に関与して投獄され、翌文政12年(1829年)2月16日に獄死している。

その横に立派な顕彰碑があり。
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裏の碑文を読むと、昭和10年に八木史郎という方が、高橋景保の墓が壊滅しているため、その遺徳をしのび、徳富蘇峰の篆刻、文学博士中山久四朗の文で碑を建立したもの。

徳富蘇峰の篆刻
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裏面上部にオランダ語で碑文
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裏面下部
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これで、この日の予定を終了し、かっぱ橋道具街で自由行動。
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この巨大な看板の乗るニイミビルでかっぱ橋道具街を出て、田原町駅から帰途につきました。
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(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

私の家の墓は浅草にありますが、西光寺のお墓と同様に、狭い感じの所です。それにしても、沢山のお寺をまわっていらっしゃるのには驚きました。

さて、池波正太郎ですが、かっぱ橋商店街の最も北のほうにある台東区立中央図書館には池波正太郎の部屋が有って、本や資料があるのですが、行かれなかったようですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
台東区立中央図書館の池波正太郎の部屋は、
調べたときに引っかかってきたのですが、
団体では入りにくいですね。
そのうち、個人で訪問するつもりです。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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