西大家から坂戸(1)

20150406

3月25日に、Fグループ行事「坂戸市(西大家駅から越生線に沿って坂戸駅へ歩く)」がありました。
私は所用があり参加できなかったので、例によって池田さんが撮ってきてくれた写真でこの記事を書きました。

コース
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東武東上線「西大家」駅に降り立ちましたが、駅のすぐ横には珍しい「鎌倉街道跡」があります。

【鎌倉街道跡】
ここの鎌倉街道跡は、鶴ヶ島市内の南へ延びる街道跡で、なんと水路になっています。
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この水路が鎌倉街道跡
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100mくらいですか、ここまでが水路だけ。
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そこから先は、水路の横に道が復活しています。
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【國渭地祇神社】
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社号標
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この神社の詳細は、以前武蔵国式内社めぐりで訪ねた際に調べた記事があります

その記事を読む


載せていなかったのが、石専塚(石尊大権現の碑が立つ)
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森戸村とあり。
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不明
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森戸の獅子舞は、とても良さそうです。
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神社東側の塀越し、大徳家に、観応2年(1351)の大型板碑が見られます。
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典型的な形状の非常に綺麗な板碑は、正体の阿弥陀一尊種子を刻んでいます。
このような完本を雨晒しにするのはまずいのですが、これだけ毀損無く綺麗だと此処のお宅が遙か昔から手入れをしてきた賜でしょう。
構成は、山形、二段切込、阿弥陀如来種子を蓮華座上に薬研彫、下に光明真言、願文、紀年銘 などを刻んでいます。
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池田さんの解読です:
オンで始まる光明真言を四行で表し、
身部願文:「右志者大檀那當住權律師月證逆修」、「願予普及法界自他同證無上菩提也」
中央紀年銘:「観應貳季辛卯 三月三日 沙弥道妙 沙弥尼心妙 敬白」
権律師月証の逆修供養のために沙弥の道妙と沙弥尼の心妙が造立した、となります。

【万葉遺跡大家が原歌碑】
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「入間道の大家が原のいはゐつら引かばぬるぬる吾にな絶えそね」の碑が立っています。大家郷(於保也介:おほやけ)はこの辺りと推定されます。
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そこからしばらく行くと、交差点に「青面金剛供養塔」と「西国 坂東 秩父 四国 観世音供養塔」があり。
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明和三年(1766)造立「青面金剛供養塔」
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享和4年(1804)造立「西国 坂東 秩父 四国 観世音供養塔」
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西光寺の門前に六地蔵などあり。
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享保4年(1719)造立の、六地蔵横のお地蔵さま。
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六地蔵
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【西光寺】
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曹洞宗。開山は大覚仏海。明治時代の北三芳野学校跡。
「西光寺 坂戸」で検索すると、圏央道坂戸インター近くの同名のお寺の記事しかみつからない。同じ市で同じ寺、しかも同じ宗派というのは珍しい。
これ以上の情報は得られませんでした。

本堂
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「大恩徳」と書かれた額がかかったお堂。
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念仏信心講中が造立した狐が左右に2基。ちゃんと「宝珠」と「鍵」を持っているので、お稲荷さんの前に居てもおかしくない。
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「地蔵尊」と書かれた額の大きいこと。
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明治16年造立のお地蔵さま。
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「西光寺住職墓域」
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ここに板碑が二枚ありました。蓮華座や上部山形形状を見ると元は一基で毀損したものと判ります。
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池田さんの解読:
脇侍の菩薩種子部分が欠損していますが、阿弥陀三尊の板碑です。
彫りの深い薬研彫で主尊を表しています。
身部願文:「右志者為其父母生」、「霊往生極楽菩提也」
中央紀年銘:「永仁二年甲午年 中秋㐧 七番白 □□・・□□」
身部銘文は「そのふぼにうまれみぎこころざしをなすは」、「れいおうじょうしごくらくぼだいなり」とでも読むのでしょうか。間違っているとしても、何となく意味が解りますね。


【鶴明神社】
西光寺の裏にあります。
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当社創立について、口碑に「神社のある所は村の中心で田が広がっていて、鶴が沢山飛んでくる場所であった。鶴が毎年集まるので、これは鶴の神が鎮まっているのではないかと村人が考えて神社を祀った」とある。
眞名鶴霊・伊佐波登美神を祭ります。
祭神伊佐波登美神は、神宮別宮伊雑宮の末社佐美長神社の祭神で、伊勢地方開拓の神といい、何故当社に祀られているか不詳である。
真名鶴霊は、口碑にもあるように古来人々に尊ばれた神霊の宿ることを感じ祀られたものであろう。

社殿
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境内社「大口真神」
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そこから鍛冶屋地蔵に歩いていく途中、「須田家重要文化財 稲掛棒の脚」が大事に保管されていた。
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【鍛冶屋地蔵】
延命地蔵・子育て地蔵として親しまれています。宝暦8年(1758)造立。
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享保4年(1719)造立の馬頭観音
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明治39年造立の馬頭観音文字塔
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【萱方堂】
萱方加仁集会所の辺りにあります。福正庵とも言われます。
正徳3年(1713)創建。本尊は地蔵菩薩。
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【大家神社】
古くは白髭神社と称しました。厚川の鎮守。

鳥居
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ご神木
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手水舎
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社殿と神楽殿
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説明
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社殿内部
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境内社の三社(八坂神社、蚕影山神社、金刀比羅神社)
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神社向左奥の覆屋に石仏が数基あります。
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白い石塔の池田さんの解釈:
銘文解読を試みたところ、白石を使用した理由が何となく解りました。
ポイントは大家神社が、厚川村・萱方村二村の鎮守「白髭社」とあったことです。
銘文:
「 宝永二乙酉年□・・□
          敬白
 南無山王廿一社
 厚川村 白髭明神 願主」
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厳島大神
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駒形大明神
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「駒形大明神」に初めて出くわしたので、ウェブで検索したところ、千葉県鎌ケ谷市にやはり「駒形大明神」という石碑がありました。
その由来は「牧士清田家の三代の勝定は馬術にすぐれ、将軍の御前で見事に悍馬を乗りこなしたという。この馬を賜り、帰村する途中、現在の市川市北方付近に至ると、にわかに馬がたけり狂ったので、切り殺してしまった。後に、その冥福を祈るために作った小祠が、この駒形大明神と伝えられている。」ということでした。

それ以外は何もわかっていませんが、やはり愛馬の冥福を祈るために作ったのではないかと思われる。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

なるほど、民家の敷地内に大きな板碑があるのですか! すごいですね。そう言えば、先日、谷中を歩いていたら、お寺の本堂前に小さな板碑があるのを見つけました。

先日、埼玉県等で行われるモデル撮影会の日付についてインターネットで調べたのですが、その際、獅子舞が行われる日も出ていることに気がつきました。埼玉県での獅子舞は1回しか見たことがなかったので、別なものも見てみたいです。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
武蔵型板碑は、その名の通り武蔵国で多く
残っています。
その板碑を卒塔婆に転用しているケースも
よく見られます。
獅子舞は、本当にバリエーションが豊かで、
地区が違うと同じものがない、と云って
いいほど、見て歩くと楽しいですね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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