足柄之坂本神(あしがらのさかもとのかみ)/日本の神々の話

20150425

倭建命の東征のおりに登場する神々の一柱。
倭建命が足柄峠の頂上で、弟橋比売を思い起こし、「吾妻はや」と長歎息したという話の前後のことである。
 命は足柄山の坂本というところに到着した。ここは東海道の古道で、のちにいう足柄道の宿場であり、現在は神奈川県南足柄市関本にあたる。一行がここで食事をしていると、一匹の白鹿が寄ってきた。命はそばにまつわる白鹿を、食べかけていた山蒜の片端で打ちつけた。これが白鹿の目にあたり、その場で死んだが、実はこの白鹿は柄山の神(坂の神と『古事記』には書かれている)の化身であった。

(足柄山の神とはその地の酋長だろう、と「日本の神様読み解き事典」では解釈している。)

そしてその坂の上に立って、三度ため息をついて「あづまはや(私の妻よ、ああ)」と仰せられた。それで此の国を「阿豆麻(あずま)」という。
 命は、この地を発って甲斐国に向かった。そして酒折宮で泊まったときのことである。
命はいささかの疲れと寂莫を感じつつ、
「新治筑波を過ぎて 幾夜か寝つる」
と詠われた。そのとき、篝火を焚いて夜警に任じていた一人の翁が、
「かがなべて 夜には九夜 日には十日を」
と即座に次いだ。
命はこの美事な対応をことのほか歓び、翁を東国造にした、と『古事記』にある。

一方で、神奈川県南足柄市苅野にある足柄神社の社伝によると、
「日本武尊が足柄峠を越えようとしたとき、樹木や草が生い茂り、前に進むことが出来ず、道に迷っているときに、白鹿が導くように尊の前方を走ったので、その白鹿に従って進み、ついに難所の足柄峠を越えることができたといい、この白鹿は神霊の化身と考え待僕を同所に三年間滞在させ、神霊を齋祀されたと云はれている」とある。
但し、このお宮の祭神は瓊瓊杵尊と日本武尊である。

『古事記』では、日本武尊に抵抗した神となっているが、地元のお宮の社伝では日本武尊を助けた良い神となっている。


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