鴨大神御子神主玉(かものおおかみのみこかみぬしたま)神社(延喜式内社)/茨城県桜川市

20150425

鎮座地:茨城県桜川市加茂部明神山694

3月27日の歴史クラブ行事「関八州式内社めぐり」で、夷針神社、染谷・佐志能神社、羽梨山神社、笠間稲荷神社、稲田神社に続いて参拝しました。
私は所用で参加できなかったので、この日の記事は例によって池田さんが撮ってきてくれた写真で記事にしています。

田畑の中、森に鎮座しています。
150425kamo01.jpg


宮司さんが案内してくださった。
150425kamo02.jpg


式内社 常陸國新治郡 鴨大神御子神主玉神社、旧郷社
由緒・沿革:
・常陸国新治都三座の- 延書式内小社 京都の賀茂と大和の葛城鴨より両系合祀
神社から勧請されたと伝えられている。
・嘉祥3年(851)6月官社に列す(文徳実録)
・貞観3年(862)9月、従五位下より従五位上に、正一位に進み式内小社に列する (三代実録)
・寛平9年(898)、臨時祭、以後数度の勅使あり
・康平5年(1064)、源頼義、勅命を奉じて安部貞任討伐の戦勝祈願
・康平6年(1065)6月、源頼義、大任を果たし社殿修営
・応永21年(1415)、宍戸城主宍戸四郎義利社殿修営
・文和3年(1354)9月、後醍醐天皇以来、来迎院舜円等の尽力により大般若経六百巻が揃う。(県の指定文化財)
・永禄12年(1563)、佐竹義重社殿修営、以来佐竹氏の崇敬を受け、本殿現在に至る
・明治6年(1873)、村社に列格
・明治12年(1879)、郷社に列格

これは二の鳥居の「生鳥居」
150425kamo03.jpg


生鳥居(いきとりい)というのは、昔、鴨神社の山の奥に山姥が住んでいて、子供達や村人に悪さをしていた。康平年間源頼義公、勅命により安部貞仁討伐の時、山姥を成敗し、首を切り、竹の枝に首を刺し鳥居に掛けて見せしめにした。村人たちは大神の鳥居が穢れたことと怨念を恐れ鳥居を取り壊し現在のところに杉の木を植え、注連縄を掛けて生鳥居としている。
今も、氏子の家々では、竹には怨念があるとして竹を植えることを嫌い、竹を植えると家が潰れるという言い伝えがあり、現在でも竹を植えない習慣がある。

石段を上がると社殿があり。
150425kamo04.jpg


手水盤
150425kamo05.jpg


社殿周囲
150425kamo06.jpg


年中行事を見ると、他では見られない祭りあり。
神が出雲から帰った「お目覚め祭り」は十七日。出雲に行ったため暗いので「お休み祭り」は大晦日。
150425kamo07.jpg


狛犬
150425kamo08.jpg


150425kamo09.jpg


拝殿
150425kamo10.jpg


150425kamo11.jpg


社額
150425kamo12.jpg


御祭神は主玉神
配祀神は太田田根子と別雷神

賀茂(鴨・加茂)と表記する神社は祭神によって二系統に大別される。
一つが京都の賀茂(祭神「別雷神)を本社と仰ぐ全国各地の同名神社で、祭神を同じくしている。
賀茂神社については、神社・祭神とも既に何度も説明あり省略する。
祭神太田田根子は、日本古代における伝説的存在、『古事記』では意富多多泥古とある。『日本書紀』によると、崇神天皇時代、国家がうまく治まらなかった時、大物主神(大和の大神神社の祭神)が天皇の夢に現れて、わが児大田田根子をして吾を祭らしめたならばたちどころに天下が治まったとある。この太田田板子こそはのちの三輪君の祖先にあたるという。
『古事記』崇神天皇段に類似の記事が見え、意富多多泥古を神(みわ)君・鴨の祖であるとしている。
このように、賀茂の別の系統は、大和の葛城地方を本拠として祀られており、この地が賀茂氏の本貫であるとする説、これを葛城鴨といって山城賀茂と区別している。よって「鴨大神御子神主玉神社は、両系合祀神社より御分霊の御社であると思われる。

本殿
150425kamo13.jpg


150425kamo14.jpg


150425kamo15.jpg


150425kamo16.jpg


脇障子に「大幣」の彫刻は珍しい。
150425kamo17.jpg


本殿背面
150425kamo18.jpg


神紋は「右三つ巴」と「日の丸五本骨扇」
当社は佐竹氏にゆかりの神社で、佐竹氏の紋が「日の丸五本骨扇」
150425kamo19.jpg


150425kamo20.jpg


150425kamo21.jpg


説明して下さった宮司さんの話では、神紋は元々は葵で、その祭りである葵祭りを行っていた。江戸期初期に恐れ多いということで三つ巴にし、葵祭りも取りやめた。今でも元宮司宅に葵神紋を保管してあるそうです。
この場合の「葵神紋」というのは、「賀茂葵」のこと。


摂社・鹿島神社
150425kamo22.jpg


摂社・日枝神社
150425kamo23.jpg


以下は末社
八幡神社
150425kamo24.jpg


金比羅神社
150425kamo25.jpg


春日神社
150425kamo26.jpg


不明
情報では、大杉神社、天満大神、白山神社、稲荷神社があるらしい。
150425kamo27.jpg


150425kamo28.jpg


150425kamo29.jpg




歴史クラブ行事一覧に飛ぶ



スポンサーサイト

コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

大般若経って、確か、孫悟空の三蔵法師がインドから持ってきて、中国語に翻訳したものですよね。すなわち、大乗仏教の経典だと思うのですが、何で、神社に奉納されたのでしょうね。江戸時代はともかく、1300年頃も神仏混合だったのでしょうか。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
この手の話で有名なのは、厳島神社に奉納された
「平家納経」です。
奉納とは、神様に対する貢物なのですが、
お経を貢物、宝物として献上したというわけですね。
神道と仏教は対立しない。
神道と仏教は車の両輪のようにどちらも日本人に必要なものなのだ。
と考えて神社に大切なお経を奉納した人が居た。
ということだと思います。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop