米餅搗大使主(たがねつきのおおおみ) /日本の神々の話

20150514

孝昭天皇第一皇子の天足彦国押人命から7世代目の子孫にあたる古墳時代の人物で、父は武振熊命とされる。応神天皇に「しとぎ」を作って献上したとの伝承があり、小野氏、春日氏、柿本氏らの祖となり、小野氏の祖神を祀る小野神社などで祀られている。
大使主(大臣)として、神社の伝承や『新撰姓氏録』、和珥氏の系図等には登場するものの、『日本書紀』や『古事記』に記述されておらず、その事績の詳細は不明。

小野神社は応神天皇妃宮主宅媛(宮主矢河比売)の父として記紀にみえる和珥日触(丸邇之比布禮)が同一人物であるとする。
ただし、和邇氏系図においては日触使主は米餅搗大使主の兄弟として記されている。また、元の名は中臣佐久命であり仁徳天皇13年に舂米部が定められた際に米餅舂大使主と称したともされる。一方で和邇氏系図では佐久の父である大矢田宿禰と米餅搗大使主とは兄弟であるとされているため、これに従うと佐久と米餅搗大使主とは別人(甥と叔父)となる。

米餅搗大使主を小野氏(小野妹子や小野篁など)の祖神として祀る滋賀県大津市の小野神社の伝承によれば、餅の原形となるしとぎを最初に作った人物であり、これを応神天皇に献上したことがもとで米餅搗大使主の氏姓を賜ったとされる。(餅の起源の伝承として、その製造などに関わる者の信仰も篤い。毎年「しとぎ祭」には藁包(わらつと)に入れたしとぎが神饌とされる。

富士山本宮浅間大社の大宮司家(富士氏)の系図での米餅搗大臣命の注釈【若狭國三方郡和爾部神社是也】は、現在の福井県三方郡美浜町佐柿の日吉神社を指す。

表記は「米餅搗大臣」の他、『新撰姓氏録』においては「米餅搗大使主」「米餅舂大使主」「鏨着大使主」の三通りがある。「米餅」の訓は、「鏨」の訓である「たかね / たがね」とされるが、上記の餅の伝承に関連して「しとぎ」とする見解もある。


日本の神々記事一覧に飛ぶ



スポンサーサイト

コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

餅の神様ですか。以前に書いた記憶がありますが、私の祖父は富山から尋常小学校を卒業後、東京に餅菓子屋の小僧として出てきて、その後、独立、そして、私の父の代の途中まで、餅菓子屋をやっていました。

4月から5月の初めは柏餅で、その作り方は、まず、米の粉を水で練って大きなかたまりとした後、それをちぎったものを蒸籠に入れて蒸気で蒸す。その後、臼・杵でついて餅にした後、少しづつちぎって延ばしてから中にあんこを入れて閉じ、柏の葉で包む(なお、柏の葉は、乾燥したものを仕入れてきて、」それを水に1日浸したものを使いました)。それを蒸気で蒸して完成と、普通の餅菓子と比較して手間のかかるものであったことを覚えています。それにしても、できたての熱いものは美味しかったです。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
matsumoさんのコメントから、私も学生のときに
近くのお菓子工場に柏餅の製造ラインに
一晩徹夜でアルバイトに行ったことを思いだしました。
ベルトコンベアに乗ってくる柏の葉っぱに
お餅を乗せる作業で、徹夜で立ちとおしなのが、
こたえました(笑)
しばらくは、柏餅が食べられなかった(笑)
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop