富士山本宮浅間大社

20150517

鎮座地:(本宮)静岡県富士宮市宮町1-1、(奥宮)富士山頂上

5月13日(水)、歴史クラブの春季定例見学会ということで、参加者41名で「富士山本宮浅間大社」と「久能山東照宮」にお参りしました。

バスから降りたのが、ちょうど大鳥居の前。なによりもこの日は富士山がきれい見えたのが嬉しかった。
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大鳥居
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社号標
社格等:式内社(名神大)、駿河国一宮、 旧官幣大社、別表神社
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富士信仰の中心地として知られ、境内は広大で、本宮社地で約17,000m2になるほか、富士山の8合目以上の約385万m2も社地として所有している。本宮の本殿は徳川家康による造営で、「浅間造」という独特の神社建築様式であり、国の重要文化財に指定されている。また、本宮境内には富士山の湧水が湧き出す「湧玉池」があり、国の特別天然記念物に指定されている。

当社は木花之佐久夜毘売命を祭神に祀っており、祭神にまつわる桜を神木として境内には約500本もの桜樹が奉納されている。また、古来より富士氏が大宮司を務め、「日本三大宮司」の1つに数えられた。古くより朝廷・武家からの崇敬が深かったほか、社地は大宮・村山口登山道の起点に位置することもあり、古くから登山を行う修験者からの崇敬も受けていた。

富士山の神霊をコノハナノサクヤヒメに当てる起源は明らかでないが、文献の初見は江戸時代初期の『集雲和尚遺稿』である。「コノハナ(木花)」は桜の古名といわれ、祭神は富士山の美貌の形容に由来するとされる。また、神話にある「コノハナノサクヤヒメの火中での出産」も、火にまつわる事象として意識されたと見られる。

江戸時代の屋代弘賢による『古今要覧稿』には「二神を祭る」という表現もあるが、現在は上記のように「浅間大神は木花之佐久夜毘売命の別称」としており、習合した1柱の神格を主祭神としている。また配祀神については、『富士本宮浅間社記』では太元尊神と大山祇神としている。太元尊神は国常立尊とされるが、明治初年以降から現在に至るまでは、太元尊神に代えて瓊々杵尊を配祀神の1柱としている。

社伝『富士本宮浅間社記』によると、垂仁天皇3年に富士山麓の山足の地にて祀られていたという。そして景行天皇の時代、日本武尊は駿河国で賊徒の計にかかり野火の難に遭った際に浅間大神に祈念して難を逃れたので、賊徒を平定した後に山宮(現 山宮浅間神社)に磐境を設け浅間大神を祀った。のち大同元年(806年)、平城天皇の命により坂上田村麻呂が現在の大宮の地に社殿を造営したと伝える。

貞観6年(864年)から貞観8年(866年)に多くの被害を出した富士山の貞観大噴火に対して、朝廷では占いにより噴火を当社の祭祀怠慢によるものとした。その結果甲斐国でも浅間神を祭祀することとなり、結果的に浅間信仰は甲斐側にも広がることとなった。

きもちのいい参道をいく。
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二の鳥居
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狛犬
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源頼朝の銅像(富士の巻狩り)
社伝によると建久4年(1193)源頼朝が富士の裾野で巻狩を行った際、当大社に流鏑馬を奉納し武運長久・天下太平を祈願した。
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鏡池にかかる太鼓橋(神橋)
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桜の馬場には、5月5日に行われた流鏑馬の名残が残っていた。
立っているのは、観客席と馬場を分ける仕切りの柱です。
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ここの流鏑馬は、天正5年(1577)の『富士大宮御神事帳』、慶安3年(1650)の『富士本宮年中祭禮之次第』などにも記載されている800余年の伝統を持つ神事です。
流鏑馬自体は、5月5日に奉納されますが、これに先立ち様々な祭儀が行われます。これらは、本宮祭儀を行うための重要な意味を持っています。

手水舎
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楼門
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その前に「鉾立石」があり。
その昔4月・11月両度の大祭礼に山宮へ御神幸の際鉾を立てた石。
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堂々たる威容の楼門
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東西に回廊がまわります。
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随身
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楼門をくぐって中に入ると、楼門の脇舎に見事な絵が奉納されていました。

「富士爛漫」/三谷祐資
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「煌雲昇陽」/三谷祐資
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拝殿
拝殿は妻入りで正面が入母屋造、背面が切妻造となっており、本殿と同じく檜皮葺である。内外面ともに丹塗となっている。
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やはり彫刻が綺麗。祭神の木花之佐久夜毘売命にちなんで桜の意匠も目立ちます。
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主祭神:木花之佐久夜毘売命(別称:浅間大神)
配祀神:瓊々杵尊 - 木花之佐久夜毘売命の夫神。大山祇神 - 木花之佐久夜毘売命の父神。
ご神体:富士山(神体山)

拝殿と本殿
(3月の下見のときの写真)
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「浅間造」の本殿(重要文化財)
関ヶ原の戦いの戦勝祈願が成就したことによる家康の意向により、慶長9年(1604年)に造営。
桁行5間・梁間4間・寄棟造の社殿の上に三間社流造の社殿が乗り、二重の楼閣造となる珍しい形式である。屋根は檜皮葺であり、この本殿の特徴的な形態は「浅間造」と称される。
各所に葵紋と富士氏の家紋である「棕櫚の紋」が附され、蟇股には菊花紋や葵紋や五三桐紋が並んで附されている。
また富士山を御神体としていることなどから、富士山を装飾したものもある。
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神紋は「棕櫚の葉」。天狗の団扇のようにみえるが、棕櫚は、神霊の憑代で、富士大宮司の紋。
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本宮境内の摂社・末社に移ります。
本宮境内には、摂社・末社あわせて16社が鎮座。ただし、10社(次項)は安政大地震で大破したため内陣に合祀され、社殿はない。事実上、次の摂社2社と末社4社が境内社となっている。

内陣に合祀された末社(安政大地震で社殿が大破したため、内陣に合祀)は次のとおり。
荒神社(荒御魂神)、水神社(弥都波能賣神)、牛頭天王社(神速須佐之男命)、日之宮社(天照大御神)、伊勢社(豊受大神)、八幡社(応神天皇)、辨天社(市木島比賣神)、追加明神(不詳)、見目社(岐神)、飯酒王子社(不詳)

社殿左側に、摂社・三之宮浅間神社(淺間第三御子神) 
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同じく瑞垣内に一緒に置かれている「富士山 浄砂」
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社殿右側に、摂社・七之宮浅間神社(淺間第七御子神) 
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同じく瑞垣内に一緒に置かれている「富士山頂奥宮境内地行政訴訟勝訴之碑」
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それで気になったのが三及び七之宮浅間神社です。他の例えば一之宮神社とかは?
ネットで調べてわかったのは次の3社だけ。
若之宮浅間神社(主祭神:浅間第一御子神)/富士宮市元城町32-28
二之宮浅間神社(主祭神:浅間第二御子神)/富士宮市光町2-1
米之宮浅間神社(主祭神:木花開耶姫命(浅間第八御子神・十八御子神))/富士市本市場582


拝殿手前左側に置かれている「火山弾」
富士山噴火のときに落下したもの。およそ100Kg。
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一緒に置かれていた「南極の石」
富士浅間大神を奉斎している砕氷船「ふじ」の乗組員からの奉納。
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玉垣から出て、「湧玉池」のまわりに境内社があります。

末社・天神社(菅原道真) 
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天神社の前に「筆塚」があり。
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末社・水屋神社(御井神・鳴雷神) 
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ちょうど藤が終わりかけていた。
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境内に残る神仏混合時代の灯篭
「富士浅間大菩薩」とあり。
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末社・稲荷神社(宇迦之御魂神・大宮能賣神・猿田毘古神) 
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湧玉池にかかる「神路橋」
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水が澄んでいて、実に綺麗。
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末社・厳島神社(市杵嶋姫神) 
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気持ちがいい。
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湧玉池から神田川となって出ていきます。
湧出量毎秒3.6トン、年間を通じて水温13度だそうです。
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駿州赤心隊の碑
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御神幸道首標の碑(丁目石)                                              
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平成の名水百選「湧玉池・神田川」の碑
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神田川に沿って、駐車場に戻ります。
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本当に、この日は富士山がきれいに見えてよかった。
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親切に案内して下さったガイドさんに感謝しつつ出発し、途中昼食休憩を挟んで、久能山東照宮に向かいました。


久能山東照宮の記事を読む



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

良い感じの神社ですね! 行きたくなったので、調べてみたら、東海道線で富士駅に行き、そこから身延線で富士宮駅に行けば、後は、徒歩10分だそうですので、夏の浅春18キップを利用して行くつもりになりました。

それにしても、良い天気の時に行かれましたね。先週の水曜日は都区内も良い天気でしたが、昼間にコンサートがあったので、バラの花を少しだけ撮影できただけでした。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
matsumoさんに、そう云っていただけると嬉しいですね。
とても良いところですから、ぜひいらしてください。

ほんとうにmatsumoさんは、精力的に活動していられます。
私が行くところのヒントもたくさんいただいています。
いつも記事を楽しみにしています。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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