狭山市の新編武蔵風土記稿を訪ねる/上廣瀬村・根岸村

20150526

5月12日に実施した「新編武蔵風土記稿を訪ねる」です。
「新編武蔵風土記稿」に載っている地元狭山市に関する記述を読み解き、現地を訪ねて現在の姿と比較しようという活動です。併せて、歴史講座の史跡巡りの際に訪れなかった史跡も訪ねています。
今回の説明役は岸野さん、野口さんと山畑さん。

今日のスタートは信立寺から。
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参道入り口に「鬚題目」の供養塔あり。
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【信立寺】
所在地:狭山市広瀬3丁目5番1号

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山門前にはツツジが綺麗に咲いていた。
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本堂
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風土記稿には本尊は釈迦、多宝如来と記されているが、現在の本尊は「一塔両尊四士四天王」と「日蓮上人坐像」。
一塔両尊:
日蓮が法華経の仏の世界を文字で表した十界曼荼羅を元にして、その主要な部分を仏像として造形化したもので、宝塔に南無妙法蓮華経と書かれた題目宝塔が中央にあり、その左右に釈迦如来・多宝如来の二仏を配置したもの。題目宝塔と二仏は、一基の須弥壇に配置することが一般的である。
一塔両尊四士:
一塔両尊の左右に上行菩薩・無辺行菩薩・浄行菩薩・安立行菩薩の四菩薩を配置したもの。
一塔両尊四士四天王:
一塔両尊四士の左右に持国天・増長天・広目天・多聞天の四天王を配置したもの。

四士四天王は確認できなかったが、「題目宝塔」は「日蓮上人坐像」の上部に、かなりの部分が見えた。
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墓地に開基加治左馬之助家信の墓と、開山日惺上人の墓あり。

墓地に入っていくと、加治左馬之助家信の供養塔あり。
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加治氏(かじし)は、武蔵国高麗郡加治(現在の埼玉県飯能市)付近から秩父にかけて活動していた武蔵七党の丹党に属する豪族。

加治左馬之助家信の五輪塔
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一番右が開山日惺上人の墓
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【高札場、郷藏】
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確かではないが、屋号に「蔵前」という家あり。そのお宅の上の辺ではないかと推定。
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【根堀地区】
都市河川観賞魚遊泳モデル事業となっている。
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【塞ぎのお札】
広瀬と根岸の境界に「道饗祭」のお札があり。
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この場所は、「西方地区の根堀取水口(T字路右)と呼ばれる場所で、広瀬と根岸・笹井をつなぐ道路で、延喜式内社廣瀬神社の「道饗祭」のときに結界とする場所。
「道饗祭」のお札を立てる場所は8ケ所ある。
そこは、昔からの道ということになります。

広瀬と根岸の境界らしく、電柱は「根岸」、根元の塀には「広瀬三丁目」と(笑)
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【白髭神社跡】
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ここに白髭神社があったときの参道は、小学校の敷地になっているが、跡地は、いまでも保存されている。
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【水富神社】
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手前の碑の揮毫は乃木希典元帥書
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【白髭神社】
鎮座地:狭山市根岸2丁目25番付近

昭和43年11月27日、水富小学校防音鉄筋校舎の新築により、参道が中断するため旧地(現在地からおよそ100メートル東)より現在の地に遷宮 せんぐうされました。なお、当社は明光寺の所有であり、また明光寺も旧白鬚神社脇にあったといわれ、おそらく応和2年(962)創建と伝えられる明光寺の守護神として創立されたと考えられています。

横から、いきなり境内に入りました。
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手水舎
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拝殿と狛犬
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拝殿、石の間、本殿
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本殿
瑞垣があり、近寄れない。
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主祭神:猿田彦命
合祀神:火産霊命、奥都彦命、奥都姫命
以前は、合祀神三柱を「竈三柱大明神」と称していた。
また、根岸の鎮守として祀られており「万(よろず)の救け神」として、氏子の厚い信仰を受けている。

以前は、村内の邪鬼や疫病を祓うために、上尾市平方の八枝神社の神輿を借り受けて区域内を渡御する行事があった。これはお獅子様と呼ばれ、近郷一円でリレー式に行われたもので、根岸では笹井から神輿を受け、一晩村内に安置し、翌日渡御を行い、夕方飯能市の芦刈場へ渡していた。毎年11月に行われていたこのお獅子様の行事も、交通量の増加により、昭和35年ごろから中止されたままとなっているそうである。
また、婦人の行事として、3月におしら講が社務所で行われている。

鳥居と社号標
参道が一般道になっている。
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【旧水富村役場跡】
白髭神社の参道の途中、水富公民館の向かいのJAが該当する。
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日光脇往還に出て、金山神社に向かいます。
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【金山神社】
鎮座地:旧字金井(笹井村の飛地か?)
創立その他不詳。
また金糞が発見された笹井村金井の田中敬二氏宅付近であり笹井の鍛冶師か鋳物師により建立された神社であると思われる。
昭和15年(1940)、行幸道路建設のため現在地に移転。
その後、昭和44年(1969)に根岸の久下三男氏(故人)により社殿が建立された。根岸白鬚神社の裏、西北の崖の中腹にひっそりと鎮座する。

参道が、現在はけもの道となっている。
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社殿
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祭神は金山彦之命、水速女之命(=弥都波能売神)
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お参りし終わって、道から金山神社のあったところを見る。
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【日光脇往還】
明光寺門前、久下家の前。
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風土記稿記述
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国道407号の旧道ですが、江戸時代の日光脇街道跡で、日光火の番街道、千人同心街道とも呼ばれていました。日光脇街道は八王子から日光まで40里、約160kmの街道です。
現在も豊水橋の手前から金井坂までの約500mが現存しています。この街道は根岸村を南北に通る街道で、江戸時代に八王子千人同心が日光東照宮の火の番御用のために整備された道です。
八王子千人同心とは江戸幕府の職制の1つで、武蔵国多摩郡八王子に配置されて徳川家に庇護された、甲斐武田家遺臣を中心とした郷士(ごうし)身分の幕臣集団のことです。
任務は武蔵と甲斐の国境の警備と治安維持でしたが、江戸時代に太平の世が続いて国境警備としての役割が薄くなると、日光東照宮の火の番御用が主な役目になりました。
現在でも日高市から鶴ヶ島市にかけての国道407号には、「日光街道杉並木」といわれる杉並木が残っています。

根岸村の役割は日光御用を主体とした人馬、荷物の継ぎ送りが主要任務でした。問屋が設置され、上りは高萩の宿、下りは扇町屋の宿まで継ぎ送りをしたそうです。根岸の問屋を勤めたのが、この前に屋敷がある久下(くげ)家です。

日光街道の交通量の増加により、入間川に渡船(わたしぶね)を設けることを幕府に出願し、文化8年(1811)に渡船場(とせんば)が開設され、その渡船場は「根岸の渡し」と呼ばれました。

【久下家】
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【明光寺】
所在地:狭山市根岸2丁目5−1

風土記稿記述
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応和2年3月(962年)明光上人の開祖に依ります。昔は高野山の直末寺で古義派でありましたが、延宝5年(1677年)中に新義派(智山派)となったと伝えられています。末寺は西光寺(広瀬)、深泉寺(明光寺内)、長栄寺(鵜ノ木)の3ヶ寺がありましたが、現在は長栄寺のみです。
また、大正15年4月11日、第23世住職盛範和上により武州高尾山から飯縄大権現を勧請し、以来4月11日を例大祭としています。昔は「埋め墓」「まいり墓」の両墓制という珍しい風習がありましたが、現在は火葬によるため、この風習は残っておりません。
なお、当寺は大本山高尾山出張所になっており、奥多摩新四国第44番霊場となっています。
寺宝の紙本地蔵十王図付他二幅は、市指定文化財です。
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参道入口左側の丸彫立像の地蔵菩薩を主尊とする供養塔は、文化8年(1811)3月に根岸村の人達によって穏やかな世の中が続くように願って建てられました。台座の銘文に光明真言と刻まれているので、光明真言読請供養塔であるこが分ります。像高が95m、全高は204cmです。
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右側の文字塔の供養塔は、天保14年(1843)3月に根岸村の光明真言講を願主に、世話人に和田くら女・まつ女、また村の人々の助力により、明光寺第20世住職法印隆伴の指導で建てられました。
 光明真言の24文字の梵字は、円形に刻まれて真下から時計回りに読み、日本語に訳すと「大日如来よ、智慧と慈悲を、たれてお救い下さい」との意味になります。全高は167cm、台座高は33cmです。
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山門
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本堂
本尊:地蔵菩薩
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○板 碑
右側の板碑は南北朝時代の康安元年(1361)11月に建てられたもので、主尊は阿弥陀三尊で観無量寿経の偈文(げぶん)が刻まれています。
中央の板碑は康安元年(1361)5月に建てられもので、主尊は釈迦如来一尊で法華経方便品の偈文が刻まれています。
左側の板碑は応永32年(1425)9月に建てられたもので、主尊は阿弥陀三尊で涅槃経の偈文が刻まれています。
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寛政2年(1790)造立の宝篋印塔
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○児童文学作家「土屋由岐雄氏」碑
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鉢植えの菖蒲が咲いていた。
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【馬頭観音】
根岸の渡し跡に向かって歩いていく途中、歩道橋の下に、文久2年(1862)造立の馬頭観音あり。
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【根岸の渡し跡】
「根岸の渡し跡」ですよね。
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現在の「豊水橋」
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私は、いままで気楽に「ほうすいきょう」と呼んでいたが、それは俗称であり、正しくは「とよみず橋」である。
豊岡町と水富村を結んでいるのだから当然だ。

日光に東照宮が造営された後、八王子の千人同心が火の番の任に当たり、慶応四年まで210余年にわたり往復した街道である。今でも県北を結ぶ重要路線である。
この川にはなぜか大正9年に橋が架せられるまで、根岸の渡し場が唯一の交通手段だった。増水期には舟で、渇水期になると坂橋を架し、通行には路銀を徴した。橋詰に建つ小島さんの家が最後の渡船場の主だった。根岸の渡しと呼ばれた様に、渡し場の権利は根岸村側で実権を握っていた事は、古文書によっても明らかである。

以上で、この日は終了し、昼食を皆で食べて解散となったわけですが、
当初予定に入れたものの、かなりひどい藪の中なので、大勢で行くのは無理と、省略した「三王塚(山王塚)」に池田さんが解散後に行って、写真を送ってくれましたので、載せておきます。
池田さん、お疲れ様でした。
ありがとうございました。

【三王塚(山王塚)】
狭山市最古の富士塚です。

大型トラックが間断なく通過している道端から入りますが、枯れ木が行く手を阻み、2回ほど木枝で手に傷を追う始末となりました。
(池田さん)

参道?の標識
昭和7年の鎮火祭記念碑
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塚上の石祠
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「根岸村 河野古菴」 どなたでしょうか。
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明和七年(1770)と富士講としてはかなり古い。
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一旦抜けて、北側の工場側から見る。
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

根堀地区の堀に鯉等を育てる話、いいですね。堀に鯉と言えば、津和野が有名ですが、他でも見かけた記憶があります。ただし、観光地でないと、この手のことは中々、続かない感じがします。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
近くに豊富な湧水があるので、昔からこの地区は
水野恩恵を受けていました。
「水富地区」と名付けているくらいですから。

だから、水を大事にしています。
とてもいいですね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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