品川・天王祭(品川神社・荏原神社・寄木神社)

20150612

6月7日(日)に歴史クラブの行事で、天王祭を見物しました。

天王祭とは、牛頭天王を祀る天王社が行うお祭りのことで牛頭天王とは疫病よけの神。
品川神社(北の天王祭・北品川)と荏原神社(南の天王祭・南品川/東品川)の両社で執り行う祭事。
今年の北の天王祭は6/5(金)、6(土)、7(日)の3日間、南の天王祭はその年によって若干のずれがあるが今年は同時期の開催となりました。

「新馬場」の駅に降り立つと、品川神社は目と鼻の先です。
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富士塚にも、沢山の人が登っている。
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石段の下から境内が屋台で埋め尽くされています。
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拝殿の前には五色旗が立ち、華やか。
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品川神社については、以前に記事にしているので、そちらを読んでください。

品川神社の記事を読む


この日は宝物殿が公開されていました。
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撮影禁止でしたので、撮ってありませんが、展示されていた宝物は以下のようなものでした。
・元禄7年(1694)奉納の「酒呑童子図大絵馬」
・江戸時代奉納「能・小鍛冶図大絵馬」
・徳川家康奉納「天下一嘗の面」
・能面八面
・四神置物
・明治時代の大神輿(千貫神輿)
・勝安房(勝海舟)揮毫額「葵神輿」

境内に「品川拍子保存会」の獅子頭が置かれていた。
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幸いなことに、品川神社里神楽の上演演目のうちの一つ「天孫降臨」を、タイミングよく自由行動の時間内で録画することが出来ました。

長いので、ユーチューブには二回に分けてアップしてあります。

品川神社里神楽「天孫降臨」(前半)を見る


品川神社里神楽「天孫降臨」(後半)を見る


残念ながら、品川神社の神輿は朝8時に出社しているので、見ものの急な石段を降りるところは見ることが出来ませんでした。

「北馬場参道通り」も沢山の人出。
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東海道に出たところで、子供が引く北二町の山車「法橋」がやってきました。
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そして子供神輿も。
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手が届かない(泣)
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そして天王祭の起源となった、江戸時代に牛頭天王の面が品川浦で発見されたときに、このお宮に奉納されたということなので、寄木神社に参拝しました。
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この神社の部分は、「神社巡拝」リストの関係で、別の記事にしてあります。

その記事を読む


「品川宿交流館」で休憩
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南の天王祭が行われている荏原神社に参拝。
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こちらも人出でごったがえしている。
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荏原神社については、以前に記事にしているので、そちらを読んでください。

荏原神社の記事を読む


この日は、拝殿に「四神旗」が出されていた。
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北の玄武(げんぶ)
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西の白虎(びゃっこ)
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東の青竜(せいりゅう)
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南の朱雀(すざく)
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この後、荏原神社の神輿が海中渡御から戻って来るのを待つことにしました。
南の天王祭での神輿は、昔は社を出て、南品川宿内と門前町屋など氏子町を渡御し、海晏寺門前(今の南品川3丁目)から海中にかつぎ込み、海中を渡御して南品川猟師町から上陸し、南品川1丁目の御仮屋に入りました。この神輿が海中を渡御するところから、荏原神社の天王祭を「かっぱまつり」とよんでいます。
砂浜や浅瀬のなくなった現在は、お台場海浜公園まで舟で運んで海中渡御が行われています。
海中渡御(かいちゅうとぎょ)とは、お神輿が海の中を練り歩く儀式で、お台場海浜公園で行われます。海中渡御は、江戸時代に牛頭天王(現在は素戔鳴尊(すさのうのみこと))の面が品川沖で発見されたことに由来しています。
その面が神輿に奉戴されますが、この御神面は室町時代に農夫が霊夢により海岸で拾い上げたという言い伝えが残っており、この伝説によって拾い上げた場所が天王洲と呼ばれるようになり、禁漁区となったそうです。

はじめは、目黒川を遡ってくることはわかっているものの、何処で上陸するのかわからず、色々な所で聞き込みをして、寄木神社の前の道が目黒川を渡る「洲崎橋」のところだとわかり、そこで待機しました。

神輿が船で目黒川を遡ってきて、上陸する様子をカメラの動画機能で撮影したので、見てください。
ユーチューブにアップしてあります。

その動画を見る



原神社の神輿が海中渡御から戻って来るのを見届けた私たちは、満足してぶらぶらと「新馬場」で電車に乗って帰るべく、東海道を歩いて、「山手通り」まで来たときに、運よく品川神社の神輿に出会いました(嬉)
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聴こえてくるのは品川神社の太々神楽の太鼓の拍手に江戸の躾子の笛の拍手を採りいれ、一つの独特の拍手を作りだし徳川家より神輿が奉納された当時より「神泉の渡御」に用いてられてきた「品川拍子」です。
北も南も神輿が合わせて巡行する品川拍手(太鼓=大拍手と篠笛)は品川区無形民俗文化財に指定されており神輿の左脇にくくりつけられた締太鼓を2本のバチを打ちトンビと呼ばれる篠笛を演奏し、この調子に合わせながら練り歩きこの音を聴くと品川っ子の血が騒ぎ出すとのこと。

担ぎ方は「城南担ぎ」と呼ばれる独特のスタイルで横棒に肩を入れ連行方向ではなく神様にお尻を向けないよう神輿に向かって担ぐ。
小刻みに激しく神輿をもむが「さざ波」に揺れる小舟を表現したものと言われるとのことで、いかにも旧漁師町らしい勇牡で荒っぽい担ぎ方で慣れないと頭や肩に棒が当たってかなり痛いとのことです。

「天下一嘗めの面」がいいですね。
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「城南担ぎ」
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東海道を進んでいきました。
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この日は、天王祭を品川神社と荏原神社が同じ日に行ってくれたので、北の天王祭の「天下一嘗めの面」の面をつけた神輿と、南の天王祭の「牛頭天王(現在は素戔鳴尊(すさのうのみこと))の面」をつけた神輿、両方を見ることが出来て、良い一日でした。

(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

なるほど、私が素盞雄神社と鳥越神社の祭りに行った日は、品川宿付近の神社の祭りでもあったわけですね。私は大昔は鳥越神社の氏子だったのですが、祭りの辺りは梅雨に入った時期ですので、結構、雨の日が多く、1ヶ月前だったら良かったのにとよく思ったものです。

品川神社の本社の神輿、見ることができて良かったですね! 下町でよく見るものと異なり、結構、古そうな形式のものですね。


No title

四季歩さん、こんにちは

映像3本、見せていただきました。海中渡御から戻ってくる様子、詳細にわかりました。神輿、私はてっきり、担がれて上がるのかと思っていましたが、そうではなかったのですね。まあ、堤防が高いので仕方がないとは思いますが。

後は、神社の前の朱色の橋を渡る所で、行列の構成もよくわかりました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
神輿については、「天下一嘗の面」と「素戔嗚の面」
両方見ることが出来てうれしかったですね。

こういうときは、やはり動画だとよくわかりますよね。
三脚なしだったので大変でしたが、まあまあ撮れていました。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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